2008.12.06

第3章 第1話「昭和の忘れな草」

ブログで「Vへの道~」を執筆しだして、少し経った頃の話です。
ブログを読んでくれた方から、様々な感想が寄せられるようになっていました。
元々、Vへの道~を綴りだしたキッカケっていうのは、先行き色んな出来事があるだろう中で、このVを手にした時の気持ちや、様々な困難に直面した時に自分がどういう気持ちで車両に接したのかを記録し、月日が過ぎても気持ちを振り返る事が出来るようにという考えで始めたのであったので、これほど色々な方が注目してくれるとは、正直、全く思っていなかったのです。
それと多分に内輪の仲間に、今、こういう状況だよという説明を個々にするのも面倒だったので、ココを読んでくれたら判るよ!という仕組みにしたというのもありました。
それがあったので、ブログの初期は内輪ネタ的な部分が多かったし、表現をする言葉もストレートな話し言葉だったと思います。

そんな中、我が盟友たる倉さんも、吟味していた1台の車両に目星を付けて遂に登録したという一報を聞きました。
そこでお互いの家からの中間点でもあり、我々より1足早くにVをいじり初めて居たマルイ商会さんで待ち合わせをし、マルイさんのVを含めて3台のVキャンを並べてみましょう!
という話しが持ち上がりました。
今までずっと一人で、同型車の仲間もおらずにやって来ただけに、同型車が三台も並ぶなんて話しは夢のようで、光景を思い浮かべただけでもウキウキしてきちゃいます。
またマルイさんのVは、東北風な赴きで架装を施してあるので、我々のノーマル然としたVと並べても数歩リードしている感があるだろう事は想像に難くないです。
参考になる部分もあるだろうし、また、自分も早く近づきたいという思いも湧いてくるだろう事も楽しみな部分であります。
各車の年式から言えば、オイラの相棒が最も古参の49年式の初期型になります。
ついで倉さんの51年式の中期型、マルイさんは最終型である53年式な為、それらの各部の仕様の違いなどを見比べても楽しい時間が過ごせるでしょう。
それら至福の日までの残り僅かな時間の中でも、可能な限り進化をさせていきます。
こういう集まりをした時に、仲間の車がどう変化しているかというのを観るのも楽しみの一つであり、逆に自分の車に対してどんな反応を示してくれるかも、大きな楽しみでもあります。
そこで、リアバンと荷台下の空間を埋めるべく縞板を貼るようにしました。
以前に倉さんが乗っていた車両は、縞板の目のパターンも当時に見かける事が多かった1本線の縞板を使っています。
縞板の目にも拘りを持って選んでいるというのを感心した覚えがあります。
オイラも1本線の縞板にしようか悩んでいたのですが、頼んだ先で1本線タイプは使っておらず、48サイズ1枚を丸々仕入れなければならず、価格がバカ高くついてしまう事もあり4本線のタイプを使用する事としました。

縞板とリアバンの部分は3分割の構成からなります。
スペース的な余裕が許すのならば、リアの縞板のセンター部分には、龍のレリーフを鎮座させたいところなのですが、2t車というサイズからすると、とても龍のレリーフは納まりません。
またナンバープレートの設置位置も、今後にテールを換装した際の事を考えると、縞板のセンターに付けるより無いというのが現実なのです。
また時代考証という部分からしても、当時の2t車クラスは、やはり圧倒的にこの位置にナンバーを設置している車両が多く確認できるのです。
そういった事情と、過去の手法にも習い、ナンバーの位置は縞板のセンター部分に決めました。

縞板は、中央部分と同寸で折り返したリアバン上部と、リアバンの左右端とからなる三分割で、適頃をビス止めするとともに、元々は、大型バス用のリアバンパーを詰めている物を転用しているリアバンなだけに多少の歪もある事から、縞板同士の隙間は、コーキングで埋めるという方法を用いました。
これにより後方からの眺めも、大分、様になってきたように思いますが、まだまだ光物が足りません。
そこで縞板のセンター下部の両端に角フォグを利用した、エリアランプを装着する事としました。
元々、この場所には、一番星が角型フォグを利用してバック灯を装備していた事もあり、雰囲気的にも、タレゴムの一番星モチーフと相まって、決断は早かったのでした。
手持ちにあるエリアランプは、偶然にも対を成すカタチの物がありましたが、文句は「上州」「群馬」でありました。
どうせなら「千葉」「茨城」だったら最高だったのですが、この場合だと左右で文字色も異なってくるのです。
文字色を揃えるとなると「千葉」「松戸」「茨城」「水戸」を入手するよりありませんが、これもなかなか出回らない部品であるし、高望みをしても仕方ないので「上州」「群馬」を素直に取り付ける事とします。
大体、Vにはマーカーは付いたものの、まだアンドンは付いていない事もあり、小さいといえども、立派なアンドンですから光らせた時の楽しみという意味からしても、早くアンドンが付けたかったという思いも強かったと思います。
なにしろ後ろ周りの光物は皆無であった事もあり、このプランを早速に採用し同型車3台3オーナー揃い踏み!企画までに是非とも実現して少しでもデコな雰囲気を高めたいという思いに駆られました。

次ぎの休みに早速、エリアランプの取り付けにかかります。
問題は、まだ現時点ではリア周りに電飾の配線を引いていなかったので、まずは配線を引きからかかりました。
取り付け自体は、縞板にドリルで穴を開けて止めるだけなので、位置決めさえすれば問題はありません。
僅かな加工で、待望の初アンドンが付きました!
スイッチを入れて点等させると、これまた格別な喜びが湧いてきます。051029_16420001

飾りを増やす毎に、この喜びは大きくなります。
1歩ずつ自分の思い描く、理想のカタチに近づいていく実感と、体現できた時の充足感。
この辺りが、自動車趣味の最大の至福のポイントですね。
これでいよいよ次週は、念願でもあった「Vキャンオーナーの集い」に出向きます。
初めて揃い踏みするVキャンとオーナーの至福の時間!
そして大きいのは、同じ70S愛好者、そして全国的に見ても少数派なVキャンオーナー同士の交流と親睦、互いの情報交換というのは、大いに楽しみなわけです。

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2008.11.21

第2章 27話 「わが矜持!Vと奏でる70S叙事詩!!」

久しく更新を滞らせていましたが、再び始めたいと思います。

板金塗装が完了したV1号車ですが、リアからの眺めがどーしても2段アオリな事もあって、下回りのバンパー類が何も装着されていない状況だと腰高感が凄いのです。
三菱ふそう実力!の長タレを付けているので、まだ良いのですが、それでもバランス的な不満は残ります。
やはりリアバンパーが必要だなと。
そう思いだすと居ても経っても要られずに、何か良さそうな物がないか? それとも造り起こすべきか?
という事に思いを巡らせます。
オイラの考えるデザイン的な物は、オバQバンパーのようなデザインが良いと思っています。
しかし造りとなるとフォグ穴の部分の巻き込みのプレスは再現が出来ない。
かといって開口させたままでバックランプを覗かせるというのでは味気ないのも事実。
現実的に考えると、開口部内側に短い筒を装着するか?
それとも開口部の丸棒を巻く程度の事になってしまうかと。
五十畑と様々な案を巡らせては話し合いました。
FUの純正フロントバンパーをリアに付けてはどうか?という五十畑の提案でしたが、どーもそれは腑に落ちず、直ぐに別の考えを必要とする事になりました。
結局の処、さしたる成果と呼べるような考えも纏まらずに、その日は終わりました。

すると後日、五十畑から連絡が入ります。
「ピッタシのが見つかった!」
聞けば、ふと通りかかった解体車両置き場に止まっていた旧型のバスに、どうやらオイラの希望している形状に酷似しているバンパーが付いているというのです。
この朗報を受けて早速に次ぎの休みに出掛けて行きました。
見れば古い路線バスの亡骸ですね。
五十畑のお勧めバンパーは、この車両のリアバンパー側だという事です。
見れば、中央付近をブツけて歪んではいますが、形状は左右にバック灯を覗かせる穴もあり、実にオイラの希望した形状に近かったのです。
気になるのは、ブツけて歪んでいる部分です。
五十畑にその部分を確認すると「中央部分は幅をVに合わせて詰めちゃうから問題ないよ」という回答。
それならば、この路線バスのリアバンパーを装着する事に決めました。
元々はメッキのバンパーでしたが経年劣化により、メッキの輝きは失せています。
裏側の腐食も、それなりの状態です。
Vの車幅に切り詰めた段階で再メッキも考えたのですが、痛みも年式相応にあるので、そこまでしても・・
という思いが強く、現状のままで装着するという判断を下しました。
先行き更に良いバンパーと巡り会うかも知れないし、造り起こすアイデアも纏まるかもしれないからと、この時は思っていたのです。

バンパーを取り付けるとなるとシャーシ側に取り付けのブラケットを造って装着しなければ、リアバンパーは付かないのです。
ブラケットはアングル材で製作し、ボルトで固定する方式にします。
そうすれば、先行きにリアバンパーを交換するとなっても、取り外しも容易だからです。
造りは簡素な物ですが、側面から覗いた時にアングルが剥き出しというのも、如何な物かという事もあり、ウロコステンレスを貼り、側面からの見た目を引き締めました。
やはりリアバンパーが付くと、後方からの見た目も格段に変ってきます。
荷台部分の腰高感も緩和して見えます。

このリアバンパーはセンター部分にプレスが入っており、長方形に一段落ちています。
この部分にウロコステンレスを装着し、見た目のUPと同時に溶接箇所を目立たなくしました。
ボディー裾とタレゴム下のウロコと程よいバランスとなり、思った以上の効果を発揮してくれました。

この後、更にテール間の部分に縞板を貼り、ナンバーも縞板を貼った事に合わせて、センターに移設し、お盆型のナンバー枠に固定する形としました。
やはりお洒落は足元からというだけに、リアを最初に仕上げていくのはセオリー通りですが、効果的ですね。
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それと併せて、丸目のヘッドライトには必須ともいうべき物を施こします。
それはライトバイザーです。
社外で、既製品も販売されていた定番アイテムでもあります。
当時物のライトバイザーも実際に確認したのですが、どーも造りが雑なのですよ。
当時物には出来る限り拘りたい、でもクオリティーは現在の造りの良さを重視したいという、相反する気持ちが芽生えてくるのでした。
そこで五十畑と協議して、ダンボール紙を利用して型紙を造り、それを基にしてウロコステンレスで造り起こす事にしました。
固定方法は、単純な物でライトとリムの間に差し込む方式をとります。
何故、ウロコステンレスにしたのかというと、グリル周りは、メッキパーツも多くてライト枠もメッキ化している事もあり、ライトバイザーも磨きステンレスだと同化して埋没してしまう印象があったからです。
アクセントとしてウロコステンレスを用いれば、印象的にも違ってくるかなと。

製作と取り付けも特に問題なく進み、装着してみました。
やっぱり違いますね~
改造車の基本としてライトスワップが上げられますが、オイラは丸目4灯が好きなのです。
当初からライトには手を入れる考えも無く、ライトカバーとライトバイザーで纏めるプランでしたので、装着してみての姿は、予想通りにキュートな表情となりました。
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こうして少しずつでも、自分の理想とする「カタチ」になっていくのは実に面白く、今までの修理と故障の竹刀ごっつあんです!の頃と比べれば、雲泥の差ですね。
こうして更なる進歩を迎えた愛しきVキャンターですが、いよいよ物語は第3章へと突入して行く予兆が見えてきたのです。
そう、今まではオイラと倉さんの二人三脚の70S道中であったのですが、ひょんな事から様々な人との出逢いが待ち受けているのでした。
舞い込んだ「Vへの道~」月刊誌連載のオファー!!
そして70S旧車同好者との出逢い! 新たな潮流がここにから生まれようとしていました。

つづく。

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2008.03.21

第2章 26話「去るモノあらば来るモノありて」

待望のメッキパーツが届き、いよいよ愛機Vキャンターに装着です。
その費用は予想外に高く、財布には優しくありませんでしたが、その仕上がりには満足しております。
パーツを塗装の仕上がったばかりのVキャンにあてがってみると、その輝きがより一層、赤茶色のボディーに映えて眩しく見えるのです。
先ずはパーツの納まる部分にあてがい感嘆の声を上げては顔が、ほくそ笑みます。
いよいよパーツを実際に装着してみます。
するとライト枠のパーツは、多少メッキを掛ける処理で歪んでいるようで、ギッチリとネジを締めると片側が浮かんでしまうような感じでした。
ネジの締め具合の調整で、この辺りの調整をしてグリルに納めます。
メッキ化したライト枠を付けた後に、ライトカバーを装着し仕上がりです。
うーん 実に良いアクセントになりますな!
やはり狙い通りにグリルの網部分はメッキにせずに黒の塗りにしておいて正解でした。
網をメッキにしてしまうとグリル全てがメッキとなりデティールがボヤケテしまうと思ったのです。
メッキグリルを引き立たせるには、網の部分は黒のままの方がメッキの輝きと網の抜け部分は黒で静めた方が際立つと考えたのでした。050612_17470001

こういった作業を進める上でも、車両の完成形態をイメージしておくのが一番重要だと思います。
そうする事で、次ぎにやるべき物や必要になる部品という物も明確になっていくのです。
特に70Sスタイルを体現していく上で大変になるのが、飾りの収集になると思います。
ただ闇雲に古い部品を収集してしまうと「コレクター」となってしまい肝心の車両の架装を進める資金が無くなってしまいます。
魅力的な当時物の部品に巡り会う事も、先ずは重要な鍵には違いないのですが、オイラの場合は装着予定の無い飾りに関してはスルーを決め込むようにしています。
一番、話しが欲しいネタは「マーカーランプ」と「レリーフ」なのですが、実際に巡り会うのは「バスライト」と「霧避けコーナーフォグ」の類だったりします。
ここが因果な取り合わせといいますか、捜している人程巡りあわずに、興味の薄い人には出会いが多いという不条理。
恐らくオイラに興味があって資金も勿論あればの話しですが、それこそ霧避けコーナーフォグで3連フォグとか(笑)も可能だったかも知れないです。
しかし捜し求めるアイテムの話しほど、巡りあわなかったりするのですよね。
そんな中に朗報がもたらされるのです。

その話しは2つともダンプ屋の富岡さんこと富ちゃんから、もたらされたのです。
話しは2つ有り、1つは新しいメッキ屋を紹介して貰えることになりました。
富ちゃんが使っているメッキ屋さんなのですが、その業界では有名な技術のある工場で、錆に強く価格も今回のメッキ代と比べればリーズナブルだという話しです。
次ぎにメッキ処理をしたいのは大物になりそうなので、その際にでも利用させて貰う事とします。
2つ目の話しは、某デコトラのオーナーがトラックを降りることとなり、引越しと併せてストックしていた古い飾りを処分したいという話しでした。
どちらもオイラに取っては渡りの船な話しですので、詳しく聞きます。
オイラの狙っていたアイテムも幾つかあるのですが、先方の条件としては全てを纏めて引き取るのが条件という事でした。
それと引越しの兼ね合いもあり、日にちにゆとりも無いのだそうです。
要る物と要らない物を選別して交渉出来れば良いのですが、纏めて引き取りとなると実際問題としてどれだけ必要な部品があるのかも謎になってきます。
当然、まとまる分は単価も異なってくるのですし・・
とは言え、先方も早急に決めたいという事だし、そうなるとコチラとしても用意できる金額というのも限られてくるのが実情です。
結局は、選別されて残されてしまうと処分代も掛かってくるという向こうの泣き所。
またコチラも不要な大物部品などは、引き取った後に処分しないと持っている訳にも行かず、当然、購入後にコチラも処分代が掛かるので、富ちゃんに折衝して貰い、ほぼ一山幾ら的な感じで交渉が成立しました。
実際には、断片的な部分での部品の種類しか判らないし、どれも実際に装着していたので手が加えられていたり、一部に破損が見られたり、痛みが激しいといった物が大半だという事です。
取り決めた価格で得だったか? 損だったか?は実際に現地で積み込みをしてみて、物を確認しないとなんとも言えないのが正直な部分です。
道のりは片道3時間ほどでしょうかね~
次ぎの日曜にV2号で五十畑と供に、富ちゃんと落ち合うべく現地に向かいます。

当日は快晴に恵まれて、暑い位の陽気の中をノンビリと昭和51年式のV2号でドライブです。
何故、今回はV1号では無くV2号なのかと言えば、長距離の移動は気分的に万が一「竹刀ごっつぁんです!!」になったらという不安があった事と、どれだけ、どのような物を積むのかも判らない事もあり、荷台の内側を傷付けたくないというのもありました。
スチールの2段アオリというのは、アオリを降ろすと決まって色剥げもしますしね。
エアコンの装備の無い車両には厳しい暑さでしたが、逆にエアコン装備がある車でエアコンが効かない車両と違い、装備が無い時代の車両はエアーの取り入れというのが優れているのです。
グリル部分を介して取り入れた空気を床にあるベンチレーター(2段階調節機能付き)を開く事で取り込む事が出来、窓を開けて走行していると足元からの空気で、ちょっと寒い位でした。
ただ走行中だけで、停まれば暑さは強烈なのですが。
無事に何事も無く待ち合わせ場所に到着、先方から引き取る部品を確認すると、物量は予想以上で、2t車に平積みでは積みきれない程です。
ただにも仕方ないといいますか・・
用途の無い部品も多く、特に場所も取る大物パーツ類は、全て不要という感じです。
シートデッキは止むを得ず残してきましたが、それ以外は積みました。
4人で食事に食い放題に行き、帰路へとつきました。
後はダンボール内のアイテムにどれだけの物が入っているか?
それは後日の開けてビックリ玉手箱といった所ですな。
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2007.12.07

第2章 25話 「蘇えれ!魅惑の輝きと供に!!」

いよいよレストアを終え、架装の第1歩を歩みだした暗闇のV。
ボディー裾へのマーカーランプの設置に続いて、長タレの「三菱ふそう 実力! 向かい獅子」柄の赤いタレゴムを新品に交換しました。
それと三菱車においての最大の問題箇所の対策を考えなければなりません。
当時というか三菱のプラスチックというのは、材質が本当に良くないのです。
日光に晒されていると、白化して行き、ザラザラと表面が砂状になってきます。
そして最後には、ザラメ状になってボロボロと崩れていってしまうのが特徴でして・・トラックに限らず、乗用車の方も、同様の現象が三菱製の車両には、発生するのです。
当然のようにV1も、この有様で・・内装は全て新品部品をオーダーしました。
ところがグローブBOXの蓋は、既に製廃で絶版状態。
ハンドルは、その品番が後年のキャンターシリーズにも、使われていたようで、同じ品番でオーダーをかけても、届くのは、リニューアルした新しいデザインのハンドルになってしまっていたのです。
他は、新品が入手できました。
入手が不可能だった部品に関しては、V2より部品を転用して内装を仕上げます。
その際にダッシュボード?というか、車内のコンソール上部に付く樹脂パーツとソレを押さえるサイドに付けるコーナーの樹脂パーツを、取り付けないという選択をします。
それは・・この部分を装着すると、ガラスとコンソールの間が異様に狭い割に掘りが深く、掃除がし難いというのと、やたらと隆起しているので、何かをちょっと置いておくというのも出来ないのです。
キャンターの車内は狭い!快適装備であるのは灰皿程度です。
ちょっと小物を置くとか、芳香剤を・・ドリンクを・・と思っても、それらを置くような場所はありません。
この部分を外してやれば、多少は小物が置けるような形状になるので、折角、新品部品が手に入ったのですが、使わない事にしました。
その代わりに、その部分にウロコステンを用いて飾りプレートを付ける事にします。
実際、外したままだとビス穴等の不要な開口部も多くあり、なんらかの目隠しは必要なのです。
余り幅が広ければ、ガラスへの写り込みも考えれば、ステンレスは問題になりますが、幸いにも幅も狭く、差程問題にはならないので、採用する事とします。
難点とすれば、夏場は直射日光による熱で、チリチリに熱を持ってしまうので要注意な点です。
70年代の名車「一番星建材」のメッキのハンドルも、直射日光に晒されたら、持てない程の熱を持つと予想されるだけに、その辺りのエピソードにも興味が湧きます。
内装に関するプラスチック部品に続いては、外装用のプラスチック部品です。
Vキャンの場合、外装に付くプラスチック部品というと、エンブレムにライト枠とBピラーに付くエアダクト、ウインカーレンズです。 
問題の箇所は、ライト枠とBピラーに付くエアダクトになります。
ライト枠は塗装が褪せ易い点と、褪せた雰囲気が古さを感じさせるので、どうにかしたい部分です。
エアダクトは、色もベージュ系で見栄えも良くない事から、非常に気にしていた部分です。
70年代当時の車両は、エアダクト部分を行灯化している車両が多く見受けられますが、個人的な好みとしては、ここは行灯よりも、純正のエアダクトの形状が好きなので、純正部品を活かした手法で、ドレスアップを施していく事とします。
ここには以前より温めていた計画がありました。
それは・・・「プラスチックメッキ」です。
メッキ加工自体は、70年代当時も比較的、ポピュラーな手法ですが、単純にメッキといっても、素材の対象によって値段が違ってくるのです。
ステンレス、プラスチック、鉄 の中で最もメッキ加工が安いのは、ステンレスメッキです。
メッキ加工は、その下地作りが肝となるだけに、表面が円滑なステンレスは、その分の工程が省ける分、安価に仕上がるのですが、プラスチックメッキは、最も高いと云われるのでした。
当然、メッキといってもピン切りで種類があり、プラモデルに行うような薄い蒸着メッキならば、安価ですが、耐久性に問題があります。
今回は、キチンと屋外に対応したメッキを選択し、発注をお願いいたしました。
メッキ屋選びというのも、当然、重要になってくるポイントです。
そして・・誰もが、良い仕上がりで、錆び難く、且つ安くて、早く仕上がるというメッキ屋を求めていますが、なかなかメッキ屋の情報というのは、各オーナーさんもマル秘にしたがる部分です。
そして大概のメッキ屋さんが飛び込みの個人は、相手にしてくれないもの。
今回は、五十畑の利用しているメッキ屋さんにお願いしました。
これらは、新品部品を使わずに装着していた中古部品をそのまま利用する事にします。
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程なくして仕上がって来た部品の素晴らしい光沢を観れば、メッキパーツに惚れ込む気持ちが、良く判ります。
あの薄汚れた部品が、このようにビカビカに仕上がるとは!!
いつまで眺めていても、本当に飽きの来ない魅惑の輝きといえます。
ただ・・その費用は、メチャクチャ高かったです。
そしてメッキパーツの注意点としては、メッキパーツは、塗装と異なる皮膜で素材を覆うのですが、塗装よりも皮膜が厚くなるので、厚くなった分クリアランスが厳しい箇所や、多少の歪みも許されないタイトな場所に設置する場合には注意が必要だったりします。
また美しい光沢を得ようと研磨剤の入った物で汚れを洗ってしまうと、長い間にはメッキがくすんで来てしまうので、汚れが酷くなる前にマメな洗浄と、から拭きでの磨き上げに留めます。
手間暇かかるのがメッキ加工なのですが、やっぱりその労を押して余りある魅力という物に溢れています。
財布の心配がなければ、次々とメッキ化してしまいたくなるのでした。
そして部品が届いたら当然のように早く装着したくなります。
純正状態のライト枠のようにライトリムを残して黒い塗装を施すべく、マスキングし艶消し黒で塗装をします。
が・・余りに艶やかに円滑な表面を形成しているメッキ表面の為に、塗料が全く食いつかずに、ペロリと剥けてしまうのです。
幾度か試すものの結果は同様でした。
この折角の円滑な表面を紙やすりで荒らすのは、とてもじゃないですいが出来ません。
という訳で、諦めてフルメッキ状態のままで装着する事に決めました。
楽しみは、週末にとっておく事で、日々の暮らしも楽しく張りのある生活となります。 笑

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2007.10.16

第2章 24話 海風に舞った向かい獅子!!

半年の時間を掛けてレストア作業が完了したVキャンに、いよいよ、少しずつですがドレスアップを施す事にしました。
そう!いよいよ念願であった「もし自分が映画期のデコトラオーナーだったら?」の第1歩を踏み出すのです。
純正のリアバンを切除し、後々にテールを変える計画の為にシャーシ後端も加工してある関係上、ナンバー取りつけステーを新設する必要がありました。
ボディー架装時に腐食が進み、使い物にならなかったリアのボディー裾部分は、ウロコステンに張り替えてあります。
それにあわせてナンバー装着用のプレートをウロコステンレスで取りつけます。
フロント側も、あわせてウロコ模様のお盆型ナンバー枠に取り替えます。
派手さは無いですが、小技を利かしたコーディネイトです。
78~9年になれば、ウロコステンレスの使用例も多くなりますが、それ以前だとイメージ的に主流なのはステンレス素材ですので、映画全盛期である76年頃と考えればポイント的に使う感じの方が、らしさが演出できるアイテムと考えて構想を進めます。
それとウロコステンレスは、いわゆるステンレス表面に傷をつけて模様を、けがいている為に、ケガキ傷の中に汚れが貯まり黄ばんできたり、磨きすぎると模様が消えてしまったりという難点もあるのです。
リアアオリの左右に70年代当時に関西方面の車両が良く好んで付けていた、ワンポイントメタルを貼るのも、以前から考えていた部分でもあります。
茶色とゴールドのコンビは、非常に高級感もあり狙い通りです。
更にマフラーの太鼓にウロコステンレスを巻いて、側面から見た時の見栄えを良くします。
プロペラシャフトのガードにも一手間加えたくなる所ですが、70年代という時代設定を考えると、ちょっと現実的ではないかな? という思いもあって敢えてノーマルのままに留めます。
またボディー裾に並べたマーカーランプの出面が当然、ボディー裾より突出しているので、当りゴムは、マーカーの出面より少なくとも出ないとレンズを傷めてしまうので、マーカーを取りつける事に伴って、当りゴムを交換しました。
ただ、これだけの出面となると、流石になかった事もあり、当りゴムの下に同寸にカットしたステンレス板を重ねてひいてから、当りゴムを装着して嵩増しをしてあります。
ボディー裾のマーカーレンズの出面は、フロントに付く3t用フェダーと揃えてあるので、当りゴムは、それよりもやや出ているバランスとなります。
非常に細かい部分でありますが、こういった些細なバランスの積み重ねが、トータルバランスを作っていく上で重要になってくる部分なのです。
それと今回の拘りのポイントとしてタレゴムがあります。
まだ飾りらしい飾りの装着は、先になるとしてもタレゴム位は、拘っておきたい部分です。
それというのも1970年代当時、トラック用品としてのアクセサリーパーツが少なかった時代は、先ずはボディーカラーを変えて個性を演出するとともに、足回りは、バス用のホイルキャップや、そのデーラー毎に地方色豊かに作られていたタレゴムでリアから見たトラックの印象を大きくイメージを変えるという手法が、現在のデコトラへのルーツでもあるからです。
通常、2t用のタレゴムというと、それほどバリエーションも少なかったのですが、4tや大型用は、割と多くの絵柄が存在していました。
通常位置であるフェンダー後部には、2t用のタレゴムを用いて、リアタイヤの後方に長タレといわれる長さの長いタレゴムを装着します。
この長タレが2tクラスの場合ならば、4t用のサイズのタレゴムを用いれば、丁度良い幅になるので、今回は、4t用の三菱ふそう 実力 向かい獅子柄の物をチョイスします。
割と近年まで生産されていたのですが、後年の物は、白い色の部分が反射剤になっていて、光を反射するようになっているという事をデーラーの方が言っていました。
元々、この車両には、実力柄の長タレが装着されていましたが、経年劣化ですっかり色が褪せてしまっていて使い物にならなかった事もあって捜した所、運良く2セット分の新品が見つかりました。
今回は、その内の1セットを使う訳ですが、ただ装着するだけでは芸がないので、ここで1ポイント自分らしさの演出を加えようと思います。
やはり自分がデコトラに興味を持ったルーツでもある映画「トラック野郎」に敬意を表して、最終作である故郷特急便に登場した一番星のタレゴムを意識してステンレスを長タレの裾に装着しようと思います。
タレゴムの裾には、それぞれウロコステンレスを用いたマットガードを装着し、一番ケツの長タレ部分には、一番星同様に星型の切り抜きを三連で施し、裏からゴールドステンレスを覗かせます。
映画の中では、ラストの爆走シーンにおいてローアングルから走行シーンを撮影しており、このタレゴムの飾りが印象に残っています。
今回の第1次構想の中では、これが最も楽しみな部分です。
流石に自作という訳には行かないので、暗闇プロジェクト(仮名)に依頼して作って貰う事にします。
ホイルキャップは、たまたま中古のウロコ製DXキャップが自分の手元にやって来た事もあり、多少、使用感や傷もあるのですが、当面はコイツを装着する事にします。
本来ならばウロコステンレス製のDXホイルキャップは、80年代初頭に販売されたアイテムであり、厳密に言えばVキャンのコンセプトには合わないのですが、新品のDXキャップも割りと高いので、出物とでも巡りあうまでは、コイツを履いていれば良いかという、ここは安易な考えだったりします。 笑
当然のように、我が70S同盟である倉さんにも、ダメ出しを受けていました。
倉:「いやぁー闇さん、気に入って付けられていたら、ごめんなさい。 ウロコ製のDXキャップは、70年代物ではなくて80年代物なんですね~ 拘るならば、メッキの通常のDXに変えられた方が良いと思いますよぉー」
確かにウロコ製のDXキャップの装着例を調べると、80年代に活躍しているダイナになった玉三郎丸や夢千代といった顔ぶれが当時、足元を引き締めていました。
一時期、マルイ商会さんがステンレス製のDXキャップにウロコ模様を刻んだ物を販売されていましたが、当時物と比較すると、やはり当時の物は、1枚のウロコステンレスをプレスで、あの形状にしているので、微妙なテーパー部分にもウロコ模様が入っているのですが、後から刻んだ物は、どうしてもウロコ模様を刻むコマが入らない部分には、模様が無かったりするのでした。
単純にステンレス製のDXホイルキャップは、非常に魅力的なので、ウロコの模様が入ってなくても欲しいアイテムだったりします。
と傍から聞いていれば、どーでも良いような部分かも知れないですが、そのどーでも良いような事に、どーにも堪らないのが、旧車乗りってヤツの性だったりするのですな~
そして仕上がって来た長タレを遂に装着し、その後方からのアングルを眺めると我が愛機ながら、惚れ惚れとし、その至福の満足感と恍惚のひと時を満喫するのでした。
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2007.08.22

第2章 23話 完成の栄光を君に!

半年の時を経て、待望の退院を果たしたV型キャンター!
外しに外した部品を再び組み上げるべく、五十畑と二人で挑みます。
が、しかしおかしい・・幾つかの部品が足りない。
置き場所を忘れたのか? はたまた付けたまま板金屋に持ち込み、板金屋で外したやら? それすらも半年という時間の経過は、人の記憶を曖昧とさせてしまっていました。
大概の部品は、まとめて置いた筈・・・そう筈です。 汗
鮮明な記憶ではなく、おぼろげながらってヤツです。 
その拙い記憶を辿って二人で検証してゆきます。
大体、普段から暗闇のヤツは物事を忘れっぽいのです。
常、日ごろから暗闇が何かを探すとき、五十畑がその有りかを覚えているというパターンが多い事からも、それは伺えます。 笑
この日はドアの内張りに付く窓を開ける為のハンドルが助手席側だけ見つからないのです。
見れば変りに見慣れぬ乗用車の物が付いているではないですか!
しまっておいた箱をみると、片側のみが入っているという状況。
五十畑の記憶では、外した後に箱に入っていたという事までしか判りません。
という事は、確かに外した後に箱には入っていたのでしょう。
それが、その後、なんらかの理由により箱から片側が消えたという事になります。
まず考えられる箱から落ちた説。
これは付近をくまなく捜索するも発見できない事からも、この筋は薄いかと。
第2説は、だれかが持って行った説。
これは、車庫内のFIAT500の車内にあった事からも考え難い。
すると第3説である、何らかの事情により移動した説が有力である。
だーがしかし、だがしかし! その記憶の断片を暗闇が持ち合わせていないのが事を複雑にします。
UFOによる記憶の消去でもされたように、すっきりと忘れていたのですから。 笑
板金屋で外した部品については荷台のダンボール箱に詰められているので、開いてみますが、殆どが捨てる予定の古ビスです。
とその時、なにかを感じたのです!
「ん?! なんだこの感覚は? 見える!見えるぞ 私にもノブの有りかが!!」と突然に記憶がありありと脳裏に蘇えってきました。
そうキッカケとは、どこにあるやら判らんものです・・「イザとなると怖いモノです。 手の震えが止まりません。」 笑
思い出しましたよ! その荷台にある板金屋の箱! これが呼び水となりました。
そうそう私の記憶が正しければ、あれは・・確か・・板金屋の親っさんの所へ出向いた時に、ガラスを昇降したいのにノブが無くて困るから1個持って来いって言われて、持って行ったんだ!
そうと判れば、即座に行動あるのみです。
親っさんに問い合わせますが、返ってきた言葉は!
「あぁー? そうだっけか? 記憶にねーなー。 この間よー今年貯まったゴミを捨てた所だけどな、あの中にまさか・・」おいおい! そんなぁー代わりの部品なんか内装部品は絶望的な状況なんですぞ!
片方だけ、なんだか見知らぬ乗用車のハンドルノブなんて嫌じゃぁー!
とりあえず後で工場の中を捜してみるわって事で、その日は別の組み付け作業を実行です。
先ずは、暗くなると非常に面倒な内装から開始していきます。
ラジオから作業開始! 実はこのラジオの取り付けは非常にキツイ体勢を強いられ、しかも古い車にありがちな、作業性を無視した造りで固定されているので、厄介なのです。
まず手が入らないは、当然工具もってな案配でして・・
そこはそれ、頼もしい五十畑チーフの熟練の手さばきで、スムーズに・・ってアレ? 
簡単には予想以上に行かず! 一人が覗いて手元を指示し 一人が工具を操作して ってな感じの二人三脚作業となりました。
なんとか五十畑の努力の甲斐あってラジオの取り付けという難関を突破して、そこからは、分業で内装を組み付けていきます。
要領もバラす時に得ているし、頭が忘れていても、やり出すと体が思い出す感じで作業は、スムーズに進みます。
内装最大の大物であるシートを取り付けたら、次は外装に移ります。
外装の主たる部分はフロント周りと、リアはテールの設置になります。
一番の難関は、やはりフロントパネルに付けるバスマークでしょう。
なんといっても、パネル裏には手が入らないので、一度、ヒーターコアを外してズラして、内側担当が何とか手を潜らせ、ナットを締める。
外側担当は、ただひたすらにバスマークを押さえておきます。 笑
この難関も、二人の協力があればこそクリアーし、再び分業でテール側とフロント側に分かれます。
リア側は配線があるのですが、フロントは、グリルやバンパーにエンブレム等を装着していく作業となります。
楽なのは、やはり荷台の組み立てが終わっているというのが大きいです。
外す際はナットの類が兎に角、回らないのがネックとなっていたのだけれど、それら全てが新品のステンレスボルトに換わっているので、作業効率はメチャクチャ良いのです。
五十畑はテールの取りつけを終え、ボディー裾のマーカーを取り付けにはいりました。
ここはレストア前の状態に戻す作業ではなく、アオリのステンレス化に次ぐ第2の架装ポイントな訳です。050611_14280001_2

たった数個のマーカーが並ぶだけなのですが、その興奮と喜びの大きさは格別です。
これは恐らく、実車オーナーでないと判らない感覚だと思います。
オイラもプラモ製作や、写真を撮影していただけの時には、この気持ちは判らなかったですね~。
川ちゃんに聞いた有名なエピソードで、とある写真マニアの方が、川ちゃんの愛車を撮影に来たのだけれど、撮影しないで帰るので、理由を聞いたら「マーカーがちょっと増えただけなので、またにします。」といわれてショックを受けたそうです。
そのマニアの方が、後に実車を所有し飾りを自分で付けるようになったのですが、後日談として川ちゃんに言っていたそうです。「あの時は、マーカー数個増えただけだから、写真撮らないでいいや!と思っていましたが、今はマーカー1個増えただけで、凄い喜びがあります。」と、この逸話が物語るように、やっぱりその立場や境遇にならないと判らない喜びや感動があるのは確かです。
まだまだ傍から見ればノーマルトラックですが、オイラにはピカピカになったVキャンがとてつもなく、カッコイイ デコトラに映っていました。
まだまだ夢の実現へはこれからですが、半年にも及んだレストアが遂に終わりを迎えたのだと、この時に実感した瞬間でした。
薄暗い夕闇の中を黄色のマーカーが、燈ったVの姿に感動し、呆然と眺めるオイラでした

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2007.07.09

第2章 22話 夢から覚めて、大ピンチ!!

レトロの大名刺ともいう赤黒ですが、赤いシャーシに黒い斑点模様では、流石に赤黒でもノーサンキューですな・・。
そんなブルーな心境になってしまった元凶というのは、シャーシに施されていた防腐処理。
本来ならば、全て剥離してから塗装をすれば良いのですが、予算的にも厳しい状況な訳で・・
おやっさんも、気乗りしないのか塗料の乾燥を待っているのか?
放置な日々が過ぎていきます。
赤い塗料は、エナメル系の発色の良い物をチョイスした為か、なかなか乾燥に時間を要します。
プラモ用でもエナメル系は光沢や発色、色伸びが良いですが反面、乾燥が遅く溶剤の成分が強い為に樹脂製の物への浸透力強く割れ易くなるというマイナス要因があります。
色合い的には、良い赤なのですが見た目的にも、色弾きがなければ最高なので、どうにかして欲しいとお願いというよりも、プレッシャーを掛ける日々です。
このまま斑点状態で仕上がりとされたのでは、たまりませんし・・・
そんなこんなを繰り返していたある日、偶々、前を通過すると何やら塗装がされ直している感じなのです。
慌てて引き返して、車両をつぶさにチェックしますと、やはり塗装しなおされているではありませんか!
黒の斑点模様が全く無いとまでは行きませんが、目立たない程度に塗装されています。
おやっさんに確認すると「参ったよー 塗っては乾かしの繰り返しで7回は塗装したぞ!」
その甲斐あってか斑点模様は、判らなくなったのですが・・逆に今度は「縮み現象」が発生しております。
「縮み」とは、幾重にも塗装を重ねた時に、下地の塗料が完全に乾く前に上塗りをしてしまうと、表面のみが乾燥し、下地は緩い為に乾燥時の収縮が均一にならずにシワのような指紋のような細かな刻みが所々に発生してしまうのです。
うーん・・斑点模様よりは、マシだけれど、これはこれで困るよな。
その点を指摘して、また何とか・・という話しとなります。
確かに予算的な部分も、仕上がってみないと幾らになるか判らないのも分かるのですが、掴み勘定でも大体、幾ら位になりそうという話しがあれば、更なる判断材料となるのですが、それが出ないのが辛い所。
このまま仕上がりというのは納得いかないし、かといって余り厳しく言っても角が立つ。
今後の事も考えると、折り合いを何処に見出すか?という部分も考えないとなりません。
数日後に五十畑が、おやっさんの工場へ様子を見に行ったと連絡がありました。
五:「車、見てきたよ。 だけどあれ、ホイールは外側しか塗装してないけど、指示したの?」
闇:「特に何も言ってないなよ! ホイールも総輪全部を塗装してくれと頼んだんだけど」
五:「じゃあ、この後に塗装するのかな? でも乗用車メインの板金屋だから怪しいな」
闇:「これからB面(裏側の意)じゃねーか? でも確認しといた方が無難だな」
そうなんです。
どうやらホイールは外面だけを塗装してある状態のままなようで、下手をすると裏面は塗らなくて良いと勘違いしている可能性もあります。
早々に翌日に工場に出向いて、おやっさんに確認しました。
すると案の定「なんだ?! 裏も塗るのか!? じゃあハブも塗るのか?」と予想通りの展開が・・
五十畑の予想が的中し、おやっさんは、かなり面倒そうな雰囲気です。
とは云え今回は、もう一歩で気乗りしない作業も終わるという雰囲気で、直ぐに取り掛かりそうな感じなので、問題は「縮み」の処理です。
これも、今まで通りの「溜息作戦」しかないですな。
説明しよう! 「溜息作戦とは」
来る日も来る日も、現われては問題箇所を見続け、溜息を付いてうな垂れる。
という相手に対して暗黙のプレッシャーと罪悪感をボディーブローのように、蓄積させていくという、恐ろしい作戦なのだ!! (笑)
いよいよ恐ろしい作戦を決行する当日となり工場の前に車を横付けし、いざVの元へ!
な?! なななんですとぉー 「もう塗装が終わっています。」笑
早っ!! めちゃくちゃ早い スピード塗装でした。
こんな早く塗れるのならば、「その気」になっていたら、あっという間だったのでは・・?
縮みの方は、軽くペーパーを当てた上に軽くサッと吹いて目立たなくしたようです。
完全に全てが綺麗に無くなっている訳ではないのですが、かなり目立たなくはなりました。
取り敢えず目立たなくはなったので、良しとしました。
ここまでくれば、数日後には外した部品も組み上げられて、長きに渡った塗装も終わりとなります。
2月に塗装に預け、当初は4月には完成する予定だったのですが、もう7月・・。
予定より3ヶ月遅れましたが、その仕上がりは満足いく物でした。
デーラーに手配していた窓周りのゴム関係部品が、調達できれば更に綺麗に仕上げられたのが残念です。
と思っていたらデーラーから連絡が来て、ゴム関係を初めとして依頼していた部品がやっと入荷したというのです。 
うーん もう少し早ければ!!と思わずに居られませんが、メーカー在庫はコレが最後の1セットだったと聞けば今回は使わずとも、購入しておきストックを持っておく事も必要なので、結果的には、部品が出て良かったです。
更に、内装のダッシュボード周りの部品もグローブBOXの蓋を除いて、新品がルームランプまで出たのも幸いでした。
ただハンドルに関しては、Vキャンの品番で注文したのですが、届いたのはGキャンター用のハンドルとなっていて、品番は変わらずにモノだけが、型変えされてしまったのが痛かったです。
三菱のトラック・乗用車と全般に言えるのですが、プラスチックが経年劣化により、ザラメ状にボロボロに崩れて来てしまうのです。
三菱はプラスチックとゴムの劣化が早い事もあり、入手出来る部品はストックを持っていた方が、先行きの安心感が違ってくるのでした。
いよいよ待望のVキャンの退院日が迫ってきました。
気になる支払いもありますが、仕上がりまでに半年近く待っただけに、その喜びも大きいです。
が、五十畑と自分達で外した部品に関しては、再び、自分達で組み上げねばならぬ為に、まだ本当の意味でのレストア完了は、もう少し先になるのです。
しかも当初は2ヶ月程度と思っていた物が、半年にも伸びた事で、何処をどう外し、部品は何処に置いたやら・・非常に記憶が曖昧になっている事実に五十畑とオイラは、一抹の不安を覚えたのでした。
まさに行きは良い良い帰りは怖い・・状態だったのです。
「竹刀ごっつぁんです!!」050610_18190001

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2007.04.28

第2章 21話 「赤と茶色と倉さんと!!」

さて、いよいよボデー及びキャビンの基本塗装が完了し、バラしてあったドアやプロテクにアオリといった部分が組み上げられていきます。
実際には、文章で書く程にスムーズな進行ではなく。
基本塗装が完了した時点で、おやっさんのやる気が失速。
「俺はよー ボデー塗装は 良いんだけどよー シャーシの処理ってのは、乗用車にはねーから 気がのらねーんだよなー。 出来れば どっかボデー屋で引き受けてくれる所は、ねーのか?」となってしまいまして・・汗
無論、そううまい事ボデー屋でやれる訳もなく、全然、やる気が湧かないのを、何とか手を付けて貰うように何度も顔を出しては、せっつくを繰り返したのでした。
おやっさん自体、板金屋は親の代からの稼業でして、若い頃は、結構、車いじりにも熱かったようで、叩き出し加工なんぞは、相当やっていたようです。
そういや、以前にオイラの日常の愛機であるランエボⅥのFフェンダーをぶつけてしまった事があり、持ち込んだ時もアルミボデーで板金が利かないと聞いていたのですが、綺麗に叩いて直してくれた事がありましたな。
乗用車に対しては並々ならぬ想いがあるようですが、トラックに関しては・・「俺はトラックの作業は、好きじゃねーんだよ」と言い切ってしまうのでした。
このVキャンのコンディションで、一番厳しい状態にあったのが、シャーシ周りなんですよね。
ボデー周りは、納屋にしまわれていた事もあり、良い状態だったのですが、納屋というと床は土間ですので、下からの湿気でシャーシ周りは、部分的に錆が表面に浮いて来ている部分もあるのです。
表面をザッと粗研ぎしてから塗装をして貰う話しになっていたのですが、そんなこんなで、なかなか進まなかったのでした。
050507_11320001
それがある日、工場の前を通過すると遂にVキャンが馬に架けられて持ち上がっているではありませんか!
いよいよ重い腰が上がったようです。
下地を整えるべく、サンダーとヤスリが当てられ、錆の浮いている部分が綺麗に処理されていきます。
見た目に状態の良い部分は、軽くペーパーを当てて終了といった感じですが、ここで問題が発生するのです。
おやっさん曰く、シャーシの黒は、塗装じゃなくて防腐処理にコールタールとか、何か塗料とは赴きを異とする何かが塗られているようで、サンダーを当てても目詰りをするだけで、黒が削れるという感じではなく、伸びてしまう感じだというのです。
ここは、おやっさんの粘りにも期待をしたい所なんですが、「このまま塗装しちまうか!」の一言でアッサリと断念・・。
シャーシ部分の塗装へ移るのは、アッという間の決断でした。 笑
ところがです。
シャーシに「コーラの赤」を塗装しだして程なくして、困った事になったというのです。
それは、先ほど言っていた塗料ではない何かが、塗料を弾いてしまうというではないですか・・
参りました・・
綺麗に均一な滑らかな塗膜を作っても、乾燥する間に斑点状に塗料が弾かれて斑模様になってしまうというのです。
とは言え、コチラに言われても、「それで良いよ!」とは当然ながら言う訳はなく。
おやっさんに頑張って綺麗に仕上てもらうよりは、ないのです。
一番手っ取り早く綺麗に仕上るのは、一端塗装した赤が乾くのをまってから、一度、下地の粘々ブラックごと剥離050516_15480001
してから塗装する事なのですが、それをやるには金額もありますが、それ以上に、おやっさんがまず「気乗りしない」だろうという事ですな。
ここは、一先ず傍観者を決め込みまして手腕を見守るというのが得策かと・・
またまた放置状態となったVキャンですが、その間も足しげく通っては、赤い斑点状態を見ては溜息をついては、おやっさんに「なんとかならんですかのー?」と軽いプレッシャーを小刻みながら、確実に与えていきます。 
おやっさんも、「そうだなー 剥離しちまえば・・・綺麗にはなるけどなー金額が予算内では納まらねーしな」
すかさず「幾ら位、UPするんですかねー?」と追撃!
すると「シャーシからホイールまで全部だと10万位みねーとな。」
10万!!うーん でも今は幾ら位で上がる見通しなのだろうか?
それによっては、多少のUPでいけるなら、と思い聞くんですが、これの返答が常に不明瞭でして・・。
実際問題、全部計算してみないと判らないという理由は本当の事だと思うのですが、30万に10万UPするのと、40万に10万UPするのとでは、違うだけに非常に悩む所でもあるのです。
後々の事を考えれば、キッチリと仕上て配線も引きなおしてと思うものの、年式が年式なだけに他で、いつなんどきどんな出費が嵩むかも判らないだけに、つぎ込める予算の6~7割程度にしておかなければ、後が続かなくなっても困りますし、難しい所です。
そうそうすっかり登場場面を逸してしまっていた倉さんの方ですが、丁度この頃にお眼鏡にかなったVキャンを見つけ出しまして、遂に入手を完了したのです。
とりあえずは、写メールで報告を頂きましたが、画像からも状態が良いのが判る車両です。
Fパネルなんて純正色ながら写り込みまでしているような状態です。
それは前オーナーが、車を買うという事が一大決心のいる時代に購入して以来、暇があれば手入れをしていたという逸話を持ち、最低限のドレスUPまでされている個体でした。
リアバンパー サイドバンパー ミラーステー シートデッキが装備されていて、グリルとバンパーもメッキ加工が済ませてあります。
走行距離は、仕事に使っていただけに10万kmを越えているそうですが、外観からは、微塵も感じさせないコンディションです。
拘っていた旧5ナンバー計画を曲げても倉さんが惚れただけはある内外ともに見事なグッドコンディションな1台で、オイラも正直ビックリでした。
これから登録する為の整備に出す事になるそうなので、コチラのレストアが完了したら、一度、ランデブーしましょうという話しで盛り上がり、新たな楽しみが出来ました。
やはり独りよりも同志がいると、なにかと励みにもなります。
喜びは2倍に! 困った時は半分に助け合うことも可能になるのですから、頼もしくもあり「倉さんをビックリさせてやろう!」という気持ちも芽生えてくるのでした。

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2007.02.21

第2章 20話 「野望渦巻くマル秘作戦!!」

 レストアに預けてから早4ヶ月が過ぎ、漸くボディーカラーの塗装作業が開始されました。
本当に長い時間を待ったという感じですが、仕上がった美しく艶やかなボディーと、そこに写り込む周りの景色を見ていると、待った甲斐があったと感じさせられます。
ボディー塗装が終わってから細々とした作業を再開します。
先ずは、リヤの床枠が腐食してボロボロになっていた事もあり、思い切ってウロコステンレスに変更しました。
また、ある意味お約束なシャーシの切断を行います。
050423_15460001_1
2t車の場合、荷台幅とシャーシまでの間隔が狭い事もあり、シャーシを切り欠いておかないと純正テールからの換装を考えた時に、その選択肢も狭くなってしまうのです。
現在販売されているJB丸スカでも2連が良い所ですかね~
しかし車の年式を考えると近年トラック用品として販売されたテールではなく、時代の先駆者達になぞらえ、乗用車用のテールをスワップしたい所でありますな~
テールレンズも比較的メジャーな部分で言えば、ケンメリ・チェリー・ルーチェ・ローレルといった辺りは、使用頻度も高かった車種選択でもあります。
80年代になると、ジャパンテール辺りも主流に加わりつつも、トラック用品として販売されだした各種テールがメジャーになってきますね。
この頃になるとアロータイプでもウインカー部分が対角線を結ぶ物や、アローテール自体もバス用の流用ではなくトラック用品として販売されるようになりました。
70年代はといえば、まだまだバスの物や乗用車の物を流用するといった物が主流でありましたが、後年になるとトラック用品としての物としか思えないようなテールも確認出来るようになり、例えば三番星につくアローテールの真ん中にウインカーレンズが丸く付くタイプの物や、村上造園や宮崎氏のダンプのように、ケンメリテールながらウインカー部分のレンズが突出した物が確認できます、有名な部分として云えば、一番星のケンメリテールに対して「やもめのジョナサン」についているテール辺りも実は、ケンメリテールとは赴きを異とし、サイズの径も小さい事から、ひょっとすると東映で星型のマーカーなどと一緒に造られた物ではないかという見方もあるのです。
とこのようにテールのチョイス一つ取り上げても、研究の余地があり奥が深い部分だったりするのです。
幸いオイラの場合は、Vキャンを入手する以前より作戦は練ってあり、そのテール自体の入手も実は! 既に車両がない内から完了していたのでした!
購入した頃は、まだ使用目的も資料用といった感じだったのですが、言ってみれば「こんな事もあろうかと・・」といった感じですかな! 笑
またテールスワップ用として、ただシャーシのみをカットしてしまうとシャーシと荷台を止めている部分もあるので上部は残しておき、シャーシ奥側に鉄板で支柱を溶接して補強としました。
実際問題として荷を目一杯に積むという事はないので、必要が無いといえば無いのですが一応という事で。
この寸法でのカットを踏まえておけば、テールスワップ計画も後々スムーズに行く事が出来るでしょう。
さて次に塗装の仕上がったプロテクター前後面にステンレスを貼りつけます。。050430_14440001
純正のプロテクターは、格子状になっているのですがその前面と後面に格子を隠すようにステンレス板を貼る事にしました。
プロテク自体を作り変えるという手も無論あるわけですが、時代的な部分とアオリは純正の味を残す考えでいるので、ここも敢えて純正を使用していきます。
荷台側の部分は、面積的に1枚物ではカバー仕切れない部分でもあり、2枚構成としました。
前面については、後面のように下まで覆っても良かったのですが、何かの時にプロテクを再びバラさねばならない事態があるかも?と考えると上1枚で下方までは覆わない仕様の方が無難という判断をしました。
先にステンレスを前後に貼っておいてから、プロテクターを荷台に立てていきます。
取りあえずは、床枠の両サイドにあるガゼットでプロテクを押さえておいてエンジンスペースの方から、プロテクターを固定していきます。
この固定するボルト関係も、ステンレス製の物に変えました。
荷台周りに使用するナットやボルトに関しては、ほぼ全てをステンレス製に変え、腐食に対する防御策としているのは、云うまでもありません。
この仕様変更は非常に地味ですが、防腐に対しての効果も高いのですが、割と価格も高くつくのでした。(笑)
たかがネジ! されどネジですな~
ネジ関係のステンレス化で、数万円が飛んで行きました。 汗
ただ蝶番関係のヒンジ部分などは、ステンレス化にしたくとも、既に現在は規格そのものが変更になっており、その太さのピン自体がないという事だったので、そこは既存の部品を使用する事としました。
この辺りは、ボディーを映画当時の仕様で造るという事を考えた場合も、同様に同一規格が存在しない部分が必ず出て来る部分ですので、なるべく現車に付いている部品を再生する方向で考えていくのが得策でしょう。
目立つ部分で言えば、アオリを止めるエビ金具も既に規格変更されており、当時と同じ部品が出てこない部分です。
また、この時代の平車は、横根太が床枠から剥き出しで見えている事もあり、横根太の側面部分にもウロコステンレスでカバーを作ってやり木が剥き出しにならないように、保護と見た目のドレスアップを兼ねた造りとしました。
スペアタイヤのハンガーを外してしまっているので、助手席側の側面がガランとしているのが、気になる部分ですが、先行きサイドバンパーを付ける事を考慮すると、干渉してしまう感じなので、痛しかゆしな部分でもありますな。
バッテリーケースも、取りあえずは純正を使用していき、後々に造りのケースに変えて、飾りが増えたら増設していきたい部分です。
ともかく徐々にですが、デコトラベース車として仕上がっていくのが、非常にドキドキするとともにプラモデルのように手早く進まない部分が、もどかしくも感じているのでした。

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2007.01.13

第2章 19話 「刻を越えた茶色の種!!」

漸く床枠やプロテクにドアといった、本体から取り外している部分の塗装も仕上がり、キャビンの内部のレストアと塗装作業までが終了したV一号車を確認してから数日後のある日の出来事でした。
それは、何の前触れもなく本当に唐突に開始されたのです。
レストア開始より3ヶ月が過ぎたこの日、本当に待ちにまっていたキャビン外装の塗装が開始されたのです。
板金屋の前を通りかかると、まさに吹き付け塗装の真っ最中といった具合です。
キャビン部分のメインとも云えるフロントパネル部分は、親父さん拘りの下地処理もあり、この状態で見ても円滑度も高く艶々に仕上げられています。
この後、数度に分けてベースカラーを塗装した後に幾重にもクリアーでコートし、仕上げられていくのですが、その過程を経ずとも美しい塗装表面が眼前にあり、より一層に仕上がりを楽しみにさせられるというものです。
塗装は、乾く前と乾いて落ち着いてから微妙に色味が変わってくる事もあり、早く仕上がりが見たいという気持ちが、より一層大きくなっていきます。
それにしても長かったです。
2月にレストアに預けて全て仕上がるまでに2ヶ月もあればと思っていたのですから。
4月中に塗装は全て終わり、ゴールデンウィークまでに各部の取り付けを自分達で仕上げるのが当初の目論見でして、それがキャビンの塗装に入った今は、もう5月も半ば過ぎですから。
まだまだキャビンの塗装が終わったとしてもシャーシ周りの工程があるので、直ぐに仕上がるという訳にも行かないでしょう。050415_11180001

それでも、大きく印象が変わるであろう、キャビン塗装までに漕ぎ付けた瞬間というのは、喜びもひとしおです。
翌日に工場に見に行くと、すっかり綺麗に塗り上げられたV一号が、工場前に止められております。
ドアこそ取り付けはされていないですが、今までのサフ吹き状態とはガラリと印象を異とした佇まいに、惚れ惚れしてしましまいますな。
十分に乾燥をさせた後に、クリアーを吹いて仕上げていきドアを取り付けキャビンは仕上がりとなりようですが、もう待ちどうしい限りでありますな。
慌てずに時間を掛けて、良―く仕上げて貰いたいという気持ちと相反する、早く仕上がりが見たいという2つの気持ちが互いにせめぎ合うという、なんともモドカシイ心中にオイラの胸が騒ぎ立てるのです。
親父さんの話しによると、珍しがって見に来る人も居るらしくて、唯でさえ最近は見かけなくなった型式のトラックに加えてレストアしているというのが、世間的には珍しいようです。
まだまだ、トラック=消耗品という認識が強いのが伺えますな。
ようやく最近は巷でも、旧車やビンテージカーという認識が乗用車の方では認知されてきているのですが、まだまだ一般貨物車にいたっては、認識がなくオイラも奇人と見られてしまうようです。笑
とは云えども既に車齢30年を越えているのですから乗用車ならば、立派にビンテージの仲間入りでしょう。
そういえば、FIAT500を購入した時も車齢30年を越えた辺りでしたな。
今では、車齢40年を越えるという車両ですが、まだまだ欧州では、元気に沢山走っているというしあわせな車です。
引きかえ国内ではといえば、国産10年落ち・・ともなれば姿を消していくのが常。
任意保険でも国産車の新規中古車加入は、10年で車両価値は等しく失われるというのが現実。
貨物車両はといえば、ほとんどが草むらの英雄として朽ちた姿を晒すのみな状況が我が国の悲しい現実であります。
車両保険に加入できないから、自爆事故をした場合は当然に自腹。
貰い事故に至っても、相手の対物で修理をするにしても、既に車両価値が認められず限度額は最大でも50万円しかでないという。
50万円でたとしても、外装部品に関しては、よほどの人気車種か海外需要の高かった車両でない限りは、部品が出なくなるので、事故には細心の注意を払わないとなりません。
それに加えて、故障も順を追って発生していく割に部品は出なくなるという状況も手伝って、古い車両が現存していかないのですな。
今回オイラが入手したVキャン2台は、その性格が全く逆な2台でした。
一号は、外装に関しては極上の部類に入る車両です。
二号は、シャーシと機関部分の状態は、すこぶる良い車両でした。
レストア時に際限なく予算があるのならば、シャーシとエンジンを2号からキャビンと荷台は1号からと2個1にして仕上げられれば最高の状態が作れたでしょう。
が予算の他にも問題があり、1号は49年式、2号は51年式と型式は同じでも年式が異なる為に、キャビンからエンジン部へと伸びる配管等の取り回しや配置が異なっており、プラモデルのように簡単には載せ変えという訳にもいかない、細部の仕様変更が多いのでした。
49年式には排気ブレーキはないのですが、51年式には、オプションで排気ブレーキの設定があったり、49年式では標準は4速ミッションらしくオプションで5速ミッション仕様があったようですが、51年式では5速ミッションが採用されています。
因みにオイラの所有するV一号は、49年式の5速ミッション車です。
外装の状態と機関部の状態のどちらを取って、旧車を選ぶかという部分も難しいのですが、お金が掛かるのは、機関部でしょうかね~ ただ外装に関しては部品が出るか?出ないか?という別次元の問題もはらんで来るのですが。
特にトラックだと外装といっても、キャビンとシャーシ部分ですのでフルレストアといっても乗用車と違い、構造も簡素だし面積も少ないですからね。
さて大分、話しが横道に逸れてしまいました。汗
そして翌週に、工場にお邪魔すると遂にクリアー仕上げも完了し、ドアを取り付けされたV一号車の姿を拝む事が出来たのです。
外されていたウインカーにミラーも取り付けされており、再び組み上げた状態を想像するのは、し易い状態になっております。
実に長い道のりでしたが、もう一息です。
この後、シャーシの作業が終われば、デコトラベースの完成となるのです。
待望のキャビン塗装が終えたのは、レストア開始から4ヶ月が経た6月初旬の出来ごとでした。
つづく・・
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2006.12.21

第2章 18話 「見えてきた輝かしき勇姿!!」

 さて目標にしていた茨城ATでのデビューの夢は儚くも破れ、奇しくもV2号機でのデビューを飾るという逆転現象となった暗闇。
GWも終わりV1号機のレストア作業も再開され、壊れたスターターユニットも電装屋さんの方で交換が完了し、無事にエンジンもかかるようになりました。
これで一気にレストアが進むのかと思えば、また以前のような「のんびりムード」。
それでも着実に剥離・板金・下地造りが済んだ各部分と、塗装が施された幾つかのパーツを見ていると、もう胸がドキドキです。
プラモでもそうですが、塗装を施したら、早く組み上げた姿がみたくなる物。
ここで慌てて生乾きの状態で組み上げてしまい、指紋をベッタリとプラモに付けて後悔した事がある方は、多いと思いますが実車とはいえ、その気持ちは抑えがたい物があります。
しかしそこはそれ、プラモのように、チョット組んでみようってな訳にも行かないので、羨望の眼差しで眺めて想像力を働かせるしかないのです。 笑
どれどれ・・(想像中)「おぉーまさしく暗闇の理想を形にしたかのような見事なし上がり・・親父さん・・心洗われました。」と想像の世界にポワァーンと旅をしてみたりするしか今はないのです。
後日、用事で自身もレトロなデコトラオーナーでもある、川ちゃんが家に遊びにきたおりに、話題のVキャンの製作状況を見ようという話しになり、板金工場へお邪魔しました。
するとどうでしょう! 今までは、各部位が個別に塗装されているに留まっていたのですが、なんと! 遂にキャビンの塗装が行われていたのです。
といっても内側ですが。笑
その塗りあがった内装をみると、また、向こうの世界にパラレル移動再開状態です。
内装部ブレーキOILがこぼれ錆ていた部分なども、見事に艶々の艶やかボディーに早代わりです。
傍らに目をやれば、ドアやプロテクターに、ボディー裾とすっかりと艶やかな、指定ボディーカラーに塗装されているではないですか!
残すは、キャビン外装とシャーシといった感じです。
しかしシャーシに関しては、相変わらずの手付かず状態であります。
楽しい所から始めるタイプと、楽しみを後に取っておくタイプがありますが、親父さんは明らかに前者の方なのが、歴然といった状態なのでした。
その艶々ボディーを目にした川ちゃんも「新車みてーだなー」と愕きの声を漏らす程、オイラよりも川ちゃんの方が、このVを以前から見て知っていただけに、その変わりように愕いた様子です。
と、ここで親父さんから「荷台の床は、替えないんだろ?」という質問が飛びます。
変える予定ではなかったので、何故か理由を聞くと、まぁー予想はしていたんですが、年式相応で木が弱ってきていて床枠で支えられている間は、しっかりと保持しているのだが今回のレストアで床枠をばらしたので、床板をやりなす予定はないのか?という確認でした。
確かに今回の機会に床板を交換するのは、タイミング的にはベストですがVキャンターの場合縦根太も横根太も全て木で造られている為に交換となると、床全体を作り直すという事になってしまうのでした。
先行き交換となれば、また荷台をバラさなくてはいけなくなり、当然、塗装も剥がれてきてしまうでしょう。
今回、やっておけばタイミング的にも、先行きを考えても良いのは明白なのですが、そうも出来ない懐事情。
とりあえずは、イベント車ですので荷台の床は現状でも良いという結論で今回は進める事にします。
予算が無尽蔵にあれば、徹底的に床板といわずにアブソーバーから各ブッシュ類、さらにはガラスにエンジンのオーバーホール! シャーシ塗装する前にキャビンを外してシャーシの錆も徹底的にクリーンUPして、配線も引き直す!なんてプランも可能なんですが、なかなかそこまで個人の限られた予算の中では無理なので、何を優先して何を諦めるかという折中案のバランスが大切になってくるのです。
塗りあがった部位を見ると、もう少し赤味が強くても良かったかな?
とも思いましたが、日陰で見る色と日向で見る時と、その表情を変える豊かな色味に塗装が仕上がるのが、より一層楽しみになってきます。
その後、アオリ部分に組み込む純正のプレスラインを施したステンレス板の方が仕上がってきました。
ここでも問題があったようで、Vに元々装着されていたプレスの入ったアオリ板を持参して貰って型を起こして貰ったのですが、その当時のプレスというのが、水平にキチンとラインが出ていなかったのでした。
ようするにハンドメイドのアバウトなラインだったようで、キチンと水平を出して位置出しをするとラインが元のプレスに合わなくなるという予想外の展開になってしまい、結局は当時物にあてがい現物あわせ的にラインを纏めるという感じで仕上がったのでした。 050409_17000001_3

今回のレストア作業中でも、度々問題といなってくるのは、やっぱりそういったアバウトな時代的な物でして、今では当たり前に左右対称、水平直角といった工業製品の基準というのがありますが、本当に昭和48年当時は、工業製品の代表格のような自動車でさえも、左右は非対称、水平直角は出てはいない、更に等間隔でリベットやナット類も付いていないという実に大らかな造りなのです。
ナット類が等間隔で付いていないというのには、参りました。
まさか、そんな事があるとは思いもよらなかった事でもあり、通常は一箇所の間隔を測れば後は等間隔で区切ってナット位置を割り出せば良いのですが、この状況だと、全てのナット位置を測って位置決めをしないとならないのですから・・。
加えて言えばナット穴が微妙にずれていても無理やりボルトONをして止められているような部分も少なくないのですから、現代からは想像も付かないですよね。
いよいよボディー塗装も大詰めを迎え、残すはキャビンの外装とシャーシという状態!
レストア作業が始ってから早3ヶ月が過ぎ、ようやく仕上がりの兆しが見えてきたVキャン1号車でした。
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2006.10.26

第2章 17話 「夢と仲間とめぐりあい」

 イベント当日は、早朝よりグループメンバーが集結し、イベント場内の設営をするのが、恒例となっており、この日も例外ではなく、奇しくも本命のV1はドック入りから戻らず、スペアのV2でのイベント参加となりました。
荷台に、テントや必要な部材を積み込み会場へ向かいます。
イベントへトラックをオペレートして参戦という事は、初めてではなく。
川田くんの愛機をオペレートしたりという経験はあるのですが、そこはそれ!
今回は、自分の手塩にかけた愛機でのイベント参加という事だけあって気分も緊張も格別です。
思う事、やれる事の全部を時間の許す限り費やせなかった事への無念な気持ちと、それでも現に自分でハンドルを握り入場の花道を走っている事への喜びの想いが、入り混じりながらV2のイベントデビューを飾りました。
本音を言えば、やっぱりV1でのイベント参加が出来ていたら、一番嬉しかったのですが、それは、また来年のお楽しみという事で取っておく事とします。
それでも、完全に艶消しだったV2の車体をこの日の為に磨きあげ、なんとか出来た喜びもまた大きく去来していました。
イベント参加といっても、イベント内で自分達もクラブの催しを開催する主催者な側面もあり、会場入りを済ませれば悠長にノンビリとデコ談義に花を咲かせるという訳にも行かずに、なにかと雑務や諸般の応対に追われていきます。
理想とすれば、全員平等に分け隔てなくというのが一番なのですが、どうしても自ずと役割というのが、その人々で決まってしまうのが常でもあり、積極的に設営に参加する者も居れば、なんとなく手持ちぶたそうにボォーっとしている者、気が付くと姿が見えない方(笑) 
かと思えば、メンバーではないが、オイラ達が催すプラモデルの集いを楽しみに来られた方が、積極的に設営を手伝っていたりと千差万別な光景は毎回です。
何か一つの事を集団でやろうとすれば、必ずつき物なのが不平不満の類ではあるのですが、そういった部分も含めてのグループ活動の楽しみなのだろうと思います。
人間関係というのは、なかなか難しいですからな~
オイラは、会場に着くと早々にイベントを主催される茨城AT連盟本部席の方へ挨拶に行き、戻ると遠路来られ声を掛けて下さった方と、挨拶を交わしたり雑誌の方と打ち合わせをしたりというのが、イベントでのお仕事になっておりました。
なんだかんだと、慌しく1日を過ごしイベント開催中は思った程、自由な時間が少ない事は、多少不満ではあるものの脇を固めてサポートしてくれるメンバー達、また催しを楽しみに遠路来てくれて、楽しいひと時を共有してくれる皆さん達の笑顔を見ると、そういう不満も些細な事である事に気づくのも、イベントでの正直な気持ちですね。
また、なかなか日常では、顔を会わせられない友人達とマッタリと語らい過ごせるのが、近年は一番の楽しみでもありました。
当然、この日は初めてVでの参加という事もあり、我がライバルでもあり、またある時は盟友であり、そしてまた時に教えをたもう間柄でもある久々登場の鎌倉さん事、倉さんとも、この日はVを傍らに互いの70年代への熱いトークで盛り上がりました。
いよいよ倉さんの捜し求めていた理想に近い車両も見つかったようで、倉さんも遂には、念願たるVキャンの所有が叶うのでした。
その個体は、拘りのうるさ型の倉さんのお眼鏡に叶う車両という事だけあり、話しに聞くだけでも非常にコンディションの良い車両だというのが伝わってきます。
それこそ前のオーナーは、洗車が趣味というような人だったらしく、新車で購入後は、暇さえ有れば車の手入れに余念がない方だったらしく、実際には、使わなくなり納屋にしまうようになってからも、定期的に手入れだけはしていたという逸話からも、どれだけ車両に対する情愛が深かったのかが、伺えるというものです。
お互いの理想とする飾りのプランやストックしているパーツといった辺りまで、トークは盛り上がり、お互いに夢への実現への熱いほとばしりを感じていくのです。
こういったコミュニケーションが、やっぱり非常に大切でして日常生活の中で仕事や家事にと追われながら、ともすれば見失いそうになる想いであったり、おざなりに流されてしまいそうになる気持ちをお互いに再認識しつつ、モチベーションを保つには最良の手段であると思います。
正直、オイラも倉さんも、人一倍稼ぎがあって余裕のある暮らしをしている訳ではなく、極々ありふれた慎ましい稼ぎの中で、コツコツと夢を形にしようと励んでいるので、最も強敵は資金であったりするのです。 笑
 お互いにコレクター癖が多分にあり、他にも資金がツイツイ流れ出てしまったりというのも多々あるのですが、どちらかが何かを入手したり、愛機をドレスUPする話しを聞くにつけ、やはり心の奥底には、よぉーし!自分も負けずにぃーっていう気持ちの高まりがあり、それが一番の原動力になっていくのです。
第2次デコトラブームと云われた84年頃、当時中学生だったオイラの周りには、歴史に残る大名車がひしめく土地柄であり、同級生らと一正丸を筆頭に、由加丸、さくら水産、水神丸、風神丸といった至極の名車達を自転車で追い、カメラに収めてはデコ談義に花が咲きながらも、どぉーしてもオイラの心は映画のスクリーンの中で眩いネオンを輝かせていた「あの頃」のデコトラが堪らなく好きで、写真を集めたりしていたものの、そのコレクションも周りからは、「そんな古臭い車の写真なんか・・」「時代おくれな写真集めてどうすんだ?」などと、同じデコトラ好きな同級生の中にあっても70S派というのは理解され難い存在でありまして、それ故に貴重な70S派であった倉さんの存在を知った時の喜びは、当初より年月を経て更に深まっているといった感じなのでありました。
人の出会いが夢への一歩であり、自分以外の人の力に支えられ励まされて、一歩ずつ夢が形になるという事が、Vへの道~を歩みだしてから、より一層に感じるようになったのでした。
(つづく)
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2006.09.29

第2章 16話 「届かぬ想い・・」

残念ながら、その年の5月に行われる茨城AT連盟の主催するイベントでのデビューは、見送りが確実となってしまいました。
残す所、三週間足らずで車体は未だサフ吹き状態。
一部、取り外してある外装パーツが塗装まで施された状態です。
下回りに関しては、未だ手付かずな上に、スターターユニットが壊れて沈黙。
今年は諦めて、代打登板でV2の方を急遽イベントデビューさせるべく計画を練ります。
何をするといっても時間もないですが、兎に角V2は長年の砂埃が蓄積しており、ボディーは完全な艶消し。
グリルも肝心なV字部分が錆ているし、バンパーとミラーステーも錆がきていました。
一応、人前に乗って行くのですから、最低限度の身だしなみとして清掃をし、出来る限りで綺麗にする事にしました。
先ずは、オーソドックスに洗車を十分に時間をかけて慣行してからWAXがけを行ったのですが、これが恐ろしいことに、全くWAXが伸びない!!
どちらかと云うと、塗装面にドンドンと染み込まれていくような感じなのです。
通常ですと、WAXを塗ると伸ばして拭き取れば、光沢が出てくるのですが、このV2一体どの位の年月WAXがけをされずにいたのでしょうか。
全く伸びないWAXを塗りこみ2度3度!
それでも一向に艶という物が出てきません。(汗)
元々の塗装というのも、この時代の純正色は今の純正色と違って半光沢という程度ではあるのですが、それと比べても艶消しなのでした。
ドアにも以前の所有者の屋号が書かれていた物が消えかかっている状態でしたので、何とか消したいとは思ったのですが、コンパウンドやシンナーも試したのですが、落ちないのが現実でした。
そうこうして、車体全体に6度目のWAXかけを終えると、先ほどまでの艶消しが信じられない位に光沢を放ってきました。
うっすらと、辺りの景色がパネル面にも映りこむのです。
こうなって来ると、俄然楽しくなりクリーニング作戦も十分な効果を残せました。
タイヤWAXもかけてタイヤもピカピカに仕上がりました。
これは!! 以前のこの車両を知る者に見せたら、かなりビックリする筈!050313_16490001

そう思い早々に鎌倉さんに写メールを送りました。
すると案の定、鎌倉さんからの返信は驚嘆の文面でした。
うっすら土気色をしていて、いかにも田畑の只中に佇んでいた感じが、びんびんしていた車両が、綺麗に見違えるようになったのです。
個人的にも、結構、大変でしたが、満足度は満点でした。
装備類に目を移すと、2t用のDXキャップを履いていたのですが、これはキャップの出面が弱く、なんとも物足りない。
かといって資金もない。
そうだ!! V1が板金入りし、外してある装備を使ってV2をイベントの時だけでも、ドレスUPさせてしまおうという考えが浮かびました。
とは言っても運んでこないと、手元には置いていない事もあり次回に持ち越しではあるのですが。

その頃のV1はというと、プロテク、大枠、フェンダーが塗装された状況でした。
ただ、フェンダーに親父さんのサービス(?)で、アンダーコートが施されておりました。
最初は、いきなりのアンダーコート仕上げに、かなり違和感を覚えていましたが、先行きの事を考えればアンダーコートを施してあった方が、長持ちするかな?と思うと同時に造りのフェンダーに変えてしまうかも、知れないから折角の親父さんの気遣いだけど悪いかな?とも思ってしまいました。
しかしながら中には、勝手にアンダーコートなんかして!!と気に入らない方も多いでしょうから、事前に聞いてもらえると最善ですな。
サービスのつもりが、ペナルティーに変わってしまう恐れが大ですし。
それと壊れてしまったスターターユニットですが、電装屋さんの方で交換部品を手配してくれ、遂に久方ぶりにエンジンが吠え、独特の軽いエキゾースト音を聞けました。
やはり自動車たる物、走ってなんぼの代物ですからエンジンが掛からないという事ほど、悲しく厄介な事は有りませんですからな。
エンジンが掛かるようになれば、場内の移動も行えるようになるので、これでいよいよキャビンの塗装にも入って貰えるようになるでしょう!
期待とトキメキ! しかしながら相反する心配も理想と現実の狭間であるのも事実ですが。
本格的なキャビン塗装に関しては、GW明けに開始する予定のようで、下回りについては、依然目処は立たずのまま、GWまでの残りの日程を消化していくという感じでした。
それまでにV1とV2のバンパーを使いWバンパーにし、ミラーステーの基部にマーカーを設置。
内装にボンボリを回したり、リアバンに風神・雷神のレリーフを取り付けたりと、短時間ながら少しでも、ドレスUPしたくて前日まで、できうる限りでドレスUPに時間を使ったのです。
なにせ、初めての愛機でのイベント参戦ですからV1ではないにせよ、かなり気合が入っています。

いよいよ、子供の日に催される茨城AT連盟のイベントも目前となり、我がグループのミーティングも同日に会場内で催す関係から、オイラも非常に忙しくなってきていました。
ミーティング前は、参加者の可否を確認し、宿泊場所はどうするのか? 
当日のスケジュールは、どういう感じなのかを確認し、打ち上げ会場の選定を行い、予算を組み事前予約で宴会場も手配せねばならず、非常にピリピリとするのが毎回、恒例の事であります。
当然のように、ミーティング開催の為の段取りもありますが、連盟本部へも大よその開催時規模の予測も事前報告を入れる関係もあり、なかなか一つの事に集中して打ち込めないのが実情なのです。
当グループメンバーは、ミーティング開催時には、当地のメンバーの家に厄介になるのが恒例なのですが、中にはギリギリまで予定がハッキリしない。
酷い時には、到着するまで同行者の人数やら宿泊場所はどうするのか? 
何時頃に到着するのかも連絡されずブラリ旅の様相で来られる方もおり、コチラも前日は段取りも多い事もあり、事前連絡がないと対応しきれずに、気を揉むばかりで振り回せられたと感じる事も多いのも実情なのです。
我が家に泊まるならば、レンタル布団を借りる手配もせねばならないし、到着時に段取りが済んでいなければ、遠路来て貰っても出迎えも出来ないだけに、心底、受け入れ側に対する配慮や、やるべき事が終わるまでは、愛想なしでもOKの理解をして貰いたいと、この年のイベントでは、つくづく思ったのでした。
前途多難なV1のデビューは流れ、V2が先にデビューを飾った記念すべきGW前日のオイラのボヤキでした。
つづく。
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2006.08.24

第2章 15話 「持ち越された参戦!」

 目標としていた5月の茨城AT参戦まで残す所、僅かに3週間余り。
ここに来てスターターが逝くとは、何たる不運。
作業の方はといえば、この頃になると、従事しているのは親父さんの相方である権田くんが中心に進めてくれていました。
アオリに貼るステンレスも折り返し加工も済ませ、枠の塗装が仕上がるのを待っている状態です。
この週末には、漸く、不要箇所であるサイドバンパーとリアバンパー、スペアタイヤハンガーが切除されたのですが、この切除後の処理がどうにも雑で宜しくない。
この後にきっと、処理をするのだろうと様子を見ていたのですが、どうも親父さん的には、気になっていないようなのです。
五十畑も作業を手伝いに来るなり「暗闇さん、あの酸素で焼き切った部分の処理ヤバくない? ビートが立ちまくりだよ。」と、やはり目に付いたようです。
親父さんに聞いてみると案の定、「あれじゃ不味いか?」という感じの反応です。
この親父さん、地元で先代から引き継いだ2代目の板金屋の親父さんなのですが、昔はご他聞に漏れず、改造車に夢中になった御仁であり、地元では叩き出しの技術では右に出る物が居ないといわれた、ゴットアームの持ち主なのです。
ただ好きなのは、あくまでも乗用車であり乗用車にないシャーシフレームの処理に関しては、全くやる気が起きないという、困った状態なのでした。
それともう一つ! 親父さんの所には良い溶接機の設備もあるのですが、これが愕くことに購入以来、今日まで未使用の新品! そうなんです、今まで使う機会がなかったようで、溶接は苦手だそうです。
仕方がないので、自分達で道具を借りて処理する事にします。
溶接は五十畑が得意とする部分であり、まさに独壇場で作業が進みます。
それを見た親父さんも権田くんも「ほぉーほぉほぉーほーー」と感嘆の声を漏らすほどです。
そして親父さんの一言「溶接は五十畑くんに任せた方がいいな!」
相棒の権田くんも「ほぉーほぉほぉーほぉーぉー そうかぉーそうかぉー」としきりに頷いています。
なんとなく滑稽な、その場面に内心は可笑しくて、笑いを堪えておりました。
実際は、親父さんも出来そうですが、上手くおだてて気の進まない部分をやらせちゃうのかな?という風にも見えるし、本当に苦手で感心しているようにも見えるのが、傍から見ていて可笑しかったのです。
こうして少しずつですが、段々と理想とする状態に近づいていくのを見ていくと益々、楽しみが大きくなっていきます。
こうなって来ると頻繁に顔を出して様子を見るのが楽しくなってきます。
にしても、気になる事が・・・
どうも相方の権田くんは、良くガレージの軒先で鼻歌交じりに外を眺めている姿を良く見かけるのです。
たまたま、休憩に良くかち合うのか? 手待ちなのか? その辺りは謎ですが、そんな大らかな時間の流れの中、オイラのVも遂に塗装をする為のマスキング処理がされだしておりました。050329_10340001

近日中に塗装が始まるのかと思うと、実に楽しみで仕方がありません。
ついに下地処理の為のサフ吹きも開始され、錆ていた部分も処理され綺麗に明灰白色に塗られた姿は見ていて実に気持ち良い姿でした。
が、しかしここからまたまた放置状態になってしまうのでした。
どうも、タクシーの板金が飛びこみで入ったようで、そちらにかかってしまっている状態のようでした。
そんな状態の中、オイラも仕事で地元を離れる事が多くなり、時間は直ぐに経ってしまいます。
そんなある土曜日の事です。
出先にいるオイラに五十畑からの一報が入りました!
それによると、五十畑がVの作業を見にくると荷台の枠やフェンダーにプロテクといった本体から外している部分の塗装が済んでいるというのです!
直ぐにでも見に行きたい気持ちながら、遠く地元を離れた空の下で落ち着きませんでした。
一番気になるのは、色見本と実際の色味が同じかどうかという事です。
五十畑にそれとなく、色見本と実際の色を比べて見てくれと頼みました。
かえって来た返事は「大体、同じじゃねーか?」でした。
こういう状況の「大体」ってのは、凄―く気になります。
それと困った事に、親父さんの気質を考えて、それとなく色見本と塗りあがりを比べて見てと頼んだものの・・五十畑は、親父さんに直接「色見本ある? 暗闇さんが塗りあがりを比べてみてって!」と直接言っちゃったもんだから、さー大変。
「コッチはよぉ プロなんだからよ! いちいち素人にそんな事されなくたって色は合ってるわ!」と逆鱗に触れてしまっています。
女将さんが「暗闇くんは昔から車がすきな子だから、気になるんでしょうよー 古い車にお金かけて綺麗にする位なんだからお父さん。」となだめている状況です。
そうなんですよー五十畑は悪いヤツじゃないんですが、こういった言っちゃ不味い話を悪気なくポロっと言っちゃう所があるんです。 
ともあれ五十畑の後日談によれば、親父さんも女将さんに嗜められて、丸く収まったという話しなので事なきを得たのですが「ヒヤヒヤさせやがるぜー」って感じです。
ただ、こういう話しを聞くと見に行きづらいよね~汗
かといって、塗りあがりは確認したいし。
結局の所は、何事もなく工場にお邪魔して作業の進行を確認するのですが。笑
塗りあがりの感じは、やっぱり俗に色見本の小さな物で見る色味よりも大面積での色味は明るく見えるといいますが、そのきらいはありますな。
ただ、狙っていた赤みの強い深みのある赤茶色の色味は上手く再現されておりました!
このカラーリングで車体を総て塗装された姿を想像すると、ワクワクせずにはいられないのでした。
それとは、裏腹に既にこの時点でゴールデンウイーク前となり、敢え無く茨城ATのイベント参加はムリとなり、イベントデビューは翌年に見送りとなってしまったのでした。050402_10370001

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2006.07.21

第2章 14話 「Vの秘策 茨城ATへの波高し!!」

 相変わらずVは板金屋の親父さんの所で、くすぶっている日々を過ごしておりました。
近頃は、作業も余り進んでいなくて、催促がてら覗きに行き5月の茨城ATのイベント参加への話をするのですが、「こう云う仕事はよ、慌てちゃいけねー。 時間をかけて綺麗に仕上げとかねーと、塗って一雨降ったら直ぐ錆ちまうからよ。」と、逆に嗜められてしまいます。
それも、判るのですが、何せ作業をするのは週末に半日あるかどうか?という感じですので、毎日コツコツ進めていて言われるならば納得もいくのですが。
進まぬ作業の合間にも、シャーシや純正のリアバンを削除するラインを決めたり、サイドバンパーを付けた際に当たってしまうスペアハンガーの削除といった部分についての打ち合わせを親父さんに伝えます。
シャーシはテールを入れる都合に合わせ、フレームをカットしなければなりません。
元々2t車はテールハウジングのクリアランスが少なく、スカGだと2連が精々ですが、更にこの年式はボディー幅も狭いので、より一層タイトなスペースになっているのでした。
当時は、通常のテール位置は行灯にして下げた位置でテールを装着するという例も多く見受けられますが、そうすると、リアバンとテールが一緒になる感じになり、4tや大型のソレとは大きく赴きを変えるようになります。
個人的には、その70年代特有のリア周りも捨て難いのですが、テールには、兼ねてより考えていた秘策がありまして、それを通常のぶら下げテールの付く位置に付ける為にも、シャーシをカットしなければならないのでした。 
カットは、通常は外側に対して立て面のあるC型のシャーシの上面を残し切除します。
これだと強度が尻に向かって弱くなるので、内側に鉄板を三角に切った物を溶接してやり、補強を入れるように考えました。
無論、時代考証的な部分でも、このようにシャーシの一部を切り欠き、テールを適正位置に取り付けている車両が居た事も確認の上での計画であります!
こうしたチョコチョコとした先行きの計画を打ち合わせ、親父さんを刺激していかないと、どうしても後回しにされてしまい作業が停まってしまうのです。
イベントまでの時間も残す所、1ヶ月となったにも関わらず、作業は進まずに焦り始めていたある日の事。
突如としてキャビン周りの塗装が剥離され出しました!
予算的な面もあり、目立つ錆の出ている部分を処理して貰い、後はザッと塗装をして貰うという話でしたが、これは一体!?
親父さんに聞いてみると、「こういう車はよー 塗装と鉄板の間で錆が進行してたりするんだよ! あらかた塗装を剥離して地金を処理しとかねーと、折角、再塗装したって直ぐに下から錆っからよ!」とサラっと答えました。
 「え!? えっえー それって見積もりUPじゃないのかな?」と内心気になりながらも剥離の作業はステップやら内装やらにまで及んでいきます。050322_15500001

そしてイベントに向けての時間は、完全に間に合わない展開となったのでした! (泣)
「こういうステップなんかの鉄板同士の接合部分に錆が回るんだよ! 慌てるより綺麗になった方がいいだろ? 予算内でやってやっから 急かすなよー」と親父さんは、急にやる気満々となっていました。
この親父さん、やりだすとメチャクチャ仕事が早いんです! 
それこそ見る見る内にVのキャビンが銀色になっていきます。
聞いてみると塗装を剥離してみると、綺麗に見えたフロントパネル部分も下地は錆が進行していたようでした。
そして幕切れは数日後に唐突に訪れます。
「やり出すとよ 切りがねーから この辺にしとっか!」 アバウトな一言で下地処理の工程が終わりを告げ、下地を整える作業に変っていきます。
とは言っても、外したドアを初め、プロテクター部分もしっかりと剥離して下地を整えてあります。
おおよそ手の入る部分はあらかたやってあるでしょうか?
剥離しなかった部分としてはルーフ部分と床下でしょうか。
ルーフ部分は元々デッキが載っていたようで痛み自体が少なかった事と、非常に鉄板も薄い為に現状のままとなりました。
床に関しては、Vキャンの床部には樹脂製のコートが施されており、それを剥がさないと地金が出ない造りな事もあって今回は見あわせました。
更に、作業の中での発見もありまして、良くVキャンはドアの内側からの錆でドアがやられてしまう事が多いのですが、このVは納屋に保管されていた事もあってか、ドアのコンディションは元々、良かったのですが、実は内側にアンダーコートを施してあったのです。
下手にアンダーコートをしてしまうと水抜き穴が埋まり腐食の元にもなるのですが、綺麗に水抜き穴を生かしてあり、水はけの良さもドアのコンディションを保った要因であったと思われます。
この辺りの配慮は、新車購入時に岡さんが車両を長持ちさせたいという想いから施した物だと思うと、改めて大切にしていた車だったのだなという気がしたのです。
が・・・しかし、ここに来て再び「竹刀ごっつぁんです!!」
数日後に親父さんの工場に伺った時でした。
「この車よーエンジンかかんなくなっちまったよ。 バッテリー上がりかと充電したんだけどよー ダメだから見てみたけど、こりゃーセル回してもカチっカチっって言わねーし、スターターだな! 金属でたたくと直って暫くもったりすんだけど、ウンともスンとも言わねーから完全にダメだな。 コイツ見せてる整備屋に連絡して直せるか聞いてくれや! 動かせねーと仕事なんねーからよ。」
というではないですか!
早速、整備屋の兄ちゃんに連絡して状況を報告するも、見解は同じくスターター。
見て貰えないか相談するも、距離が離れていて片道1時間は要するだけに、手近な電装屋で見て貰ってくれという返事にあえなく撃沈。
その旨を親父さんに伝えると、「仕方ねーな 市内の電装屋に聞いてみっか! これは見積もりに上乗せで直しといていいんだよな? なおさねーと走んねーし仕方ねーべ。」とりあえず、部品がなきゃリビルトして貰うように頼んでくれるそうなので、直るには直るようですが、果たして気になるお値段は如何ほどに・・(汗)
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2006.06.17

第2章 13話 「別れの言葉に愛をこめて!!」

その一報は、一通のメールの受信でもたらされました。
矢口くんからのメールを受信した着メロ♪が鳴り、おもむろに携帯を見るという日常的な事だったのですが、その文面には、ただならぬ雰囲気が醸し出されていたのです。
雰囲気がいつものチャラけた感じと違い、妙に切実に訴えるかのような印象と、唐突過ぎる内容が、何かあったと感じさせたのです。
「暗闇さん。 あの車を、あの車を本当に大切にしてください。 そして末永く乗り続けてください。 それが、俺たち皆の願いです。 お願いします。」
読み終えた感想といいますと、「なんだ?どうした急に・・言われるまでも無く大事には、しているぞ!?」
正直、反応に困りました。 
きっと、何かがあったのだろうという雰囲気は、感じていたものの何があったのかが、全くもって想像が付かなかったからです。
いつものように、ふざけて冗談交じりのレスは不味そうな雰囲気です。
かといって、なにかあったかと聞くべきか? 素直に大切にするよ!と返すべきなのか?
気になる部分は、「俺たち皆の願いです。」という一文ですな。
これから、想像するに矢口くん個人的に何かが起こった訳でなく、何かが起きた事により関わる多数の人々の気持ちが何故か唐突に我がVへと向けられた、という事が想像できました。
一体、なんなのだろう? 何故に見知らぬ多数の方までも急にVへと気が向いたのか?
っていうか、話しの中心? 突然、主役? 注目の的かよ? みたいな。
こういう場合、軽はずみに応対する事で、後々にとんでもない大事態になるという場合も少なくない事だったりするだけに、ここは事情を探ってから慎重に行動すべきと、マイ・コンピューターは行動判断を導きだしたのでした。 
事情は程なくして、盟友、川ちゃん事、川田利明くんからもたらされました。
それによると、なんと!! 柴崎さんが亡くなられたというでは、ありませんか!?
柴崎さんとは?という読者の為に再度、説明せねばなるまい。
名義人であり初代オーナーである岡さんよりVを譲り受け、書類を復活させる所までは、いかなかったもののVを蘇らせようと、保管をされていた方で、その後、矢口くん経由でオイラにVを譲る話しをくださった方なのです。
残念ながら会う約束をしても、何故か!? 柴崎さんの都合が合わなくなり、電話でしか話した事はなかったのです。
それもあってイベントで会った時にでも、オイラの手が入ったVを柴崎さんに見せ、その傍らで色々と話しをするのを密かに、楽しみにしていたのですが、まさかの訃報でした。
話しによると、矢口くんとは、特に親しい間柄だったようですが、どうもオイラがVを譲り受ける事になる少し前辺りから、煩っていた病が思わしくなくなったようで、内密で入院されていたそうでした。
それで、いつも約束しても、土壇場で予定が合わなくて会えなくなってしまっていたのかと、この時に初めてオイラも判ったのです。
矢口くんにしてみれば、先輩のような方の突然の訃報と、その柴崎さんが愛情を注がれた2台のトラックが形見のような面持ちになったのではないでしょうか?
ここまでの状況を把握した後に、もう一度、あのメールを読み返せば合点がいきました。
「暗闇さん。 あの車を、あの車を本当に大切にしてください。 そして末永く乗り続けてください。 それが、俺たち皆の願いです。 お願いします。」
後日、柴崎さんの葬儀がとり行われ、川ちゃんと矢口くんが参列されました。
矢口くんから思いの詰った切ないメールが、報告という形で送られてきました。
それによれば、柴崎さんの遺影の両脇に、愛情を注いだ2台のトラックの写真が額装されていたそうです。
無論、その2台のトラックの内の1台が、我がVキャンなのであります。
その光景をオイラは目にしていないですが、その文面から情景が脳裏に、ありありと浮かんできました。
面識はないものの、大切な何かを譲り受け、果たせなかった夢の続きを引き継いだような、そんな心持ちで一杯になったのです。
柴崎さんが、どんな形でVキャンを仕上げたかったのか? それは、判りません。
恐らく、もう一台の愛機から察するに、東北スタイルだったのかな?と漠然とは思ったりもしました。
きっとオイラの目指す「あの頃」の形とは、また赴きを異にすると思います。
しかし、ともに一台のVキャンに対する想いという物は、形は違えど同じだと思うのです。
表現方法の違いというだけで、車に賭ける想いの深さは、「Vへの道~」を読まれず、なにも知らないまま旅立たれてしまいましたが、きっと判ってくれているのではないかなと思います。
もし、柴崎さんが岡さんの納屋に眠っていたVを見つけなかったら。
柴崎さんが、手放さなかったら?
柴崎さんと、矢口くんが親しくなかったら?
本当に数奇な巡りあわせであり、本当に縁の取り持つ出逢いだったと思いました。
正直に言えば、エンジンや機関部はV2号機の方が現役で、整備記録までついている状態だったし、走行距離もV1号機よりも更に短いので、状態は良いのですが、やはり色々な出来事や竹刀を受けながらも、乗り越えてきた、この機体に愛着を深く感じてやまないのです。
そして、ここに柴崎さんの魂の一部もきっと、このVに来ているのだろう。
それを感じるからこそ、矢口くんは、オイラにあのメールを送ってくれたのだと思うのでした。
感覚的な事を云えば、車なんだけど、オイラにとっては生き物みたいな感覚っていったら判ってもらえるのでしょうか? 
星 桃次郎が嘘ぶいた「車が女房よ!」ではないにせよ。
間違いなく、かけがえのない友人、もしくは相棒であると感じています。
機嫌や具合の悪い時もあったりしますが、これから一緒に色々な所に行ったり、喜びを分かち合えたらいいなと思うのです。
それには、今も進めている板金屋でのお色直しは急務であり、その後には、機関部にも手を入れていかねばなりません。
まだまだ、オイラの夢の実現までの道のりは、始まったばかりなのですから。050322_15510001_1

柴崎さんのご冥福を祈りつつ 感謝の念を込め「ありがとうございます。」

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2006.05.22

第2章 12話 「光を放つ V驚異の世界!!」

いよいよ板金屋へ納められ2ヶ月の予定でのお色直しが開始されました。
暇があれば顔をだし、作業の進み具合を確認します。
初めはアチコチ更なるバラシ作業が続きます。
すると板金屋の親っさんが部品の事を聞きにきました。
「この車の窓周りのゴム関係は部品でねぇのか? ドアのウエザーストリップや三角窓、フロントガラスのゴム縁があるなら、外して塗装すりゃ綺麗にいくし、楽だからよ」
正直まだ、確認はしていなかった部分でも有り、急いでデーラーに在庫の問い合わせをします。
確認の返事を貰うにも当然のように時間がかかるのですが、ゴム関係は在庫していても劣化する部分でも有り、望み薄という反応でした。
親っさんには、現状の物を再利用する方向で作業をして貰うようにお願いしたのですが、フロントガラスのゴム縁は既に劣化が進み、恐らく外したら最後、使えなくなるだろうと云うのです。
仕方なくフロントガラスは外さずに作業を進行して貰うようにお願いしました。
日に日に分解されていき、遂には車種不明な佇まいになった辺りで1週間が過ぎました。
その間に五十畑にアオリのステンレス化の手配をして貰っています。
本来ならば、アオリのスチールを外し、ステンレス板に交換するのですが、スチールの裏にある木は、枠組の中に入り込んでおり、枠組の溶接を切ってから外すのだろうか?と試案したのですが、五十畑もどうしたらアオリの裏木が外せるのかが検討がつかず、スチール上に貼りつける方向でいました。
すると、どうでしょう?
親っさんが「このアオリも塗装すんなら、先にばらして中の腐ったスチール外しちまうか!」
と言ってきました。
外し方が判らない事を伝えると「こんなんはよー下から、引っ叩きゃ順繰り外れんだよ! 昔は皆、組み木でやってあっからよ!」とアッサリ。(笑)
外れるならば、外したスチールを型にして折りも入れやすいしステン板も綺麗に填められるんですな。
次の土曜日に五十畑が親っさんと共に裏木を外し、スチールを取り去った後に、アオリも無事にバラシ終えました。
と、ここまでは順調に進んだのですが、その後、何度、進行具合を覗きにいっても、全く作業が進んでいないのです。
とりあえずは、親っさんの方が進まない事には、コチラも何も出来ず、精々、リアエンドのシャーシをカットすべく、その当たりを取ってラインを引く程度の事しか出来ませんでした。
今週はきっと、忙しかったのかもしれないと思って、翌週に期待を募らせたものの、翌週も作業は進んでいないのでした。
そうこうしている間にも、時間は過ぎ、早くも預けてから1ヶ月が過ぎようとしていました。
依然としてレストア作業は進んでいません。
親っさんに後1ヶ月で仕上がるのか?という不安を聞いてみます。
「こういう仕事はよー 時間かけてコツコツやんねーとな! 側だけサッと塗ったってな直ぐ錆て来るもんなんだよ。」という答えが・・。
確かにそうなんですが、5月のイベントには乗って行きたい。
イベントには、前オーナーの柴崎さんも来るだろうし、オールペンの完了した姿を見てもらいたいという気持ちもあるので、非常に焦ります。
気長に構えるのは、いいんですが、気のなるのは、この放置状態の時間の長さってヤツです。
変化がなく落胆するのを判っていながらも、頻繁に顔を出して微妙にプレッシャーをかけていきます。笑
そうしている内に、遂に親っさんの作業が進みました!
キャビンから手を入れていくのかと思いきや!
アオリの枠とフェンダーから作業は再開されました。
それがです。 こちらとしては、錆の目立つ部分だけ錆を落としてもらい塗装して貰いたいという要望だったにも関わらず、親っさんはサンダーを駆使して塗装を総剥離していたのです!
これには、ビックリしました。
先だってまで見慣れていた、錆の激しかった純正カラーが、見事に綺麗な地金のシルバーとなっているのですから。
その光景に愕き、親っさんに塗装を剥離した事を聞いてみると。
「塗装とな、地金の間に錆が隠れてたら、見えてる錆だけ落として塗っても、直ぐに色が浮いて割れちまうんだ! これだけ古い車に手入れんだからよ、直ぐに錆が出るようじゃ やる意味ねーべ」
確かにそうなんです。
ただオイラ的にも、その辺りは気になっていたし、そうしたいのはヤマヤマでした。
問題は、予算です。
綺麗にしたい気持ちは凄くあるのですが、現実問題は予算と理想のせめぎ合いな訳です。(汗)
ま、かといっても、スチールあおりは、ただ普通に開閉せずとも走行時の振動などで、スチール同士が擦れ色が剥がれて錆易いので、キャブシャーシ以上に痛みは激しい状態だったので、これで綺麗になるし、あおりだけなら、差程、割り増しにはならないかな? とお任せしました。
正直、嬉しいよりも、そこまでやってくれるとは、思わなかったので愕いたのが正直な部分です。
この驚きを早速、倉さんに写メールで送信しました!
倉さんも、あおりとは云え、よもや地金が露出されビカビカのシルバー地となった画像を見て、ビックリしたようです。
「いやービックリですなー しかし、ここまでやってくれるなら 任せて安心ですな! にしても、偉くまた綺麗になる物ですなー これなら仕上がりも余程、綺麗になるでしょうから、楽しみですよ。」
やっぱり倉さんも、この親っさんの粋な計らいには、オイラ同様にビックリしたようです。
正直、キャビンの程度は良い物の、荷台の状態は錆まくりでWAXをかけよう物なら、スポンジがボロボロになってしまう有様でした。
それだけに、荷台がこれで、綺麗になると思うと嬉しくて仕方がありません。
元のVキャンターの状態を知る者ほど、これは仕上がりを見たら相当に愕くだろうなと、想像すると楽しみが増えてきたのと同時に、どうしても、イベントに乗って行きたい気持ちが高まってきます。
折しも、そんな野望を燃やし浮き上がっていた時に、晴天の霹靂ともゆうべき一報が、もたらされたのです。
「な!・・んな!? バカな?」そんな・・正直、その事実は 簡単には信じがたい出来事だったのです。
風雲急を告げるVキャンターの行く手。
こうもドラマチックな展開を迎えるのは、もはやこの車の宿命なのか?
果たして、暗闇とVキャンターの元にもたらされた、一報とは何なのか!?
次回、その全貌が明らかに・・050322_15530002

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2006.04.21

第2章 11話  「Vと二重奏」

プロテクを固定している横根太貫通のナットと、ガゼットのナット類、最後に荷台の床と背板をアングル材で止めているネジ類を外し、遂にプロテク部分が取り外せます。
二人で左右から持ち、ゆっくりと外し荷台より降ろして、パレットに立てかけて置きます。
やっとの事で外れたプロテクですが、元々はプロテクには純正品の金網が付けられていたと思われます。
それは、プロテクの周囲に頭だけ飛ばされたナットが無数に飛び出し残っているのです。
困った事に、そのナットの残骸を綺麗に均さない事には、背板の部分が外れない事が発覚しました。
再び、五十畑のサンダー殺法の出番です!
手馴れた手さばきでナットを削り落したまでは、良かったのですが背板がそれでも外れません。
理由は良く判らないのですが、固定しているナット類も外したものの、長年、貼りついていたが故なのか?
びくともしないのです。
五十畑「コレ外れねーよ! 闇さん、どうすっぺ?」
闇「そうだな~厚みは結構あるけどよ~蹴破りゃいいべ?」
五十畑「肉弾戦か?」
闇「どのみち、この部分は捨てんだし破壊だな!」
そういうと闇は、幾つかのパレットを積み重ね台を作り、そこにプロテクを立てかけると、激しく蹴りだしたのです。
時折、往年の名レスラーの真似をしながら、時にトゥキック! 時にストンピング!! 時にローリングソバット!!!(笑)
これが、また中々手ごわい相手でして・・薄い板が何層にも重ねられているような素材が用いられており、一枚破ると下から新たな壁が出て来るという、ちょっとした勝ち抜き戦にも似た様相を呈しております。
数枚を蹴破った所で、コーナーに控える(?)五十畑にタッチ交代です。
五十畑も闇に続いて、ガンガン蹴り上げます!
コーナー(?)に控える闇から激が飛びます!
闇「五十畑! カカトだ! カカトを使え!」
闇「よぉーし! つれて来い、つれて来い(?) ツープラトンだ!」
とまぁーこんな調子で 背板との一戦も ○五十畑・暗闇 組(15分43秒 KO)背板● といった感じで征しました。 (笑)
更に諸々の外せる部分を総て外し、五十畑の協力で実に手早く、バラシ作業も完了しました。
判ったのは、プロテクを外す作業は非常に厳しい作業で、背板を変えるにはプロテクを外さなければならず、五十畑のアイデアとして背板の上からステンレスを貼りコーキングを施して覆って保護してしまうという計画で行く事にします。
それと今回のバラシ作業で、ことごとく泣かされた、錆びて固着化したナット関係を総てステンレス製に変える事にします。
実際、相当数なナット類の数だけにステンレス製に変えるだけでも数万円かかるのですが、先々を考えると、ケチる部分ではないので計画に追加する事にしました。
実際問題として何にしてもそうなのですが、当初の計画よりも実際に作業が進む毎に、「ここをこうしたい。」
「あそこをああした方が良い。」という事が非常に多く出てきてしまい、当初の計画に対して、追加予算を生じるように必ずなる物ですが、Vキャンとて例外ではありません。
いよいよ板金屋に全塗装に預けるに辺り、再度、五十畑と計画と予算とを照らしていきます。
板金中に、シャーシに溶接されているサイドバンパー&リアバンパーを切除し、さらにシャーシの一部も後々テールの計画に併せてカットします。
ボディー裾、アオリについては、ステンレス化を同時進行で行うようにします。
更に、外している部品をメッキ処理する作業と、ディーラーに純正部品の照会を依頼し、必要な部品を発注します。 
時間のかかる板金の工程と同時進行で進める事で、板金終了時にある程度、デコトラベース車としての様相に仕上げてしまうというのが、計画です。
そして遂に翌週にVは、板金作業に入る為にドック入りを果たしたのです。
板金屋のおやっさん曰く「素人でココまで、バラして持って来たヤツは今までいねぇーな」と言わしめました。
なにせ、予算も限られてまるので、出来る限りは自分らで、済ませておけば、その分は安く上がるという内情があるので、頑張りました。 (笑)
さて、まさかの書ナシから復活劇を演じ、幾度も竹刀の洗礼を受けつつ、遂にVは板金作業にまで漕ぎ着けたのです。
ここまでの決して平坦ではなかった道のりを思えば、感無量です。
板金作業と平行して、荷台等のステンレス化等も行っていく関係もあり、おやっさんと五十畑とオイラとで、打ち合わせを行い工程の確認をします。
しかしながら、問題は、オイラは週の大半を仕事で毎週、旅暮らしとなり日曜日は休みなのですが、肝心の板金屋の方も日曜は休みでして・・・。
月曜は、地場仕事で遠方に出向く事が、少ないので月曜日の昼休み等の合間に、作業経過は確認できます。
しかし問題は同時進行で行う、作業をする時間をオイラが取れない事でした。
すると五十畑がこう言ったのです。
「俺よー土日が休みだから、土曜日に板金屋に来て作業出来る部分は進めるようにするよ! で、日曜に会った時に経過も報告出来るし! 月曜日に闇さんが確認してOKならば、そのまま週末に続きをやるようにすれば良くねーか?」この男! ただ者じゃーねーな。(笑)
確かにそうして貰えると、オイラ的には非常に助かるのですが、簡単にそう言える事ではないです。
それをいとも簡単に言ってのける五十畑とは!?
流石に悪いと、気が引けると告げるのですが、五十畑も引きません。
「ここまで手掛けた車だしな! 人の車ってより半分自分の車みてーな、もう楽しみになってんだよ! 早えーとこ先が見たいっていうか、造りかけのプラモみてーな感じでしてよ。」
なる程、そういう気持ちであれば、ありがたく甘えさせて貰う事にしました。
いよいよ待望の板金補修作業に突入したVキャン!
2ヶ月間の予定での作業開始となります。
順調に行けば、春には遂にベース車としても姿が整う事になるのです。
この先の作業を思うと、今までの道のりを乗り越えて来て本当に良かったなと思う、そんな冬の日でした。
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2006.04.01

第2章 10話 「頭文字D!?」

待望の日曜は朝から五十畑と二人でVをばらします。
今日はいよいよ、プロテクを外す最終の作業の予定です。
Vキャンの荷台のプロテクターは、倉さんの情報によればガゼット部のボルトを外してやれば、スッポリと抜ける構造になっているというのです。
これにより、キャビンがチルトしない構造ながらも、キャブバックの作業やプロテクター下部のベニヤ部分の交換が容易に出来るという事でした。
晴天に恵まれたその日は、前回は日がかげってしまい良く確認出来なかった部分も良く見えます。
プロテクの構造を五十畑がチェックします。
すると意外な事実が判明し、ガゼット部分のボルトだけではなく、エンジンスペースの奥から覗くと、プロテクターを通ってボディー側の横根太までボルトが6本通っており、それを外さないとならない構造になっていたのです。
そして当然の如く、鉄のボルトは錆ついているではないですか。
「こりゃ、このボルト回んねーべー」五十畑と二人で顔を見合わせます。
センター2本はボディー側からエンジンルームへとボルトが抜けナットが止めてあるのですが、左右の計4本は逆に横根太の向こうにナットが付いています。
どうにも、すんなりとは回ってくれなそうな雰囲気です。
まず潤滑油を大量に噴霧して様子を見ます。
端からまわして見るものの、位置的にもガゼットの真裏で力が込め難いのです。
案の定、錆て固まってしまって動きません。
「逆に回して捻切ってみるか?」五十畑の提案も残念ながら興を制しませんでした。
それでもセンターの2本は、力任せに捻り上げると錆つきも少ない部分だった事もあり、外す事が出来たのですが、問題は残りの左右4本です。
二人で考えた結論は、「サンダーでナットを切り飛ばすしかない!」サンダーも用意していましたが、まさか使う事になろうとは。
だが、ここでまたも問題があります。
先ほども説明したように、ナットはガゼットの真裏にあるのです。
51年式のガゼット部には、荷台昇降用にステップ穴が開いている事もあり問題にならないのですが、このV1は昭和49年式でサイド部分には荷台昇降用のステップは付いていないのです。
つまりガゼットの真裏が外側からは、見えないのです。
寝転がってやるには、手が届かない。 かといってガゼットはボディー裾に溶接されているし・・
どうした物か? これには参りました。
暫らくして五十畑がガゼットに空いている指1本ほどの小さな穴を指し「こっから覗いてサンダーかけるしかねーな! 暗闇さん灯りでナット位置を照らしてくれよ」と云うではないですか!
しかし、その穴は覗き穴にするには、本当に小さいのです。
懐中電灯を持って来てナットを照らしてみます、なる程、灯りを燈せば多少見えます。
といっても4割は勘という感じの手探りの作業になるのは容易に想像がつきましたが、他に手立てもないのでここは、この作戦でいく事にしました。
いざサンダーを回転しだした時です。
懐中電灯の灯りがいよいよナット頭に触れるという場面でタイミング悪く消えてしまいます。
まるでコントのような懐中電灯で、その後も接触が悪いようで、微妙な角度によっては灯りが消えてしまうのです。
オイラは、燃料タンクとボディーの僅かな隙間で、灯りが消えない微妙な角度を探りつつナットを照らします。
五十畑は、その灯りを頼りに本当に指先ほどの穴からナット位置を確認しながら、サンダーでナット頭を削っていきます。
激しい火花が飛び散りナットを削れていきます。
ガゼット越しのやり難い体勢、そしてサンダーの持ち手に体重が乗せられない為に非常に力と根気がいる作業となりました。
時間もかかります、それでも確実に火花の飛ぶ分だけは削れ、遂に切除に成功しました。
1本、2本と片側の作業を終え、反対側の2本を残すのみという場面で、思わぬ展開が産まれます。
実は車体の左側を削る場合は、右手にサンダーで作業が出来たのですが右側になると、持ち手を左手に変えてやらないとサンダーの回転方向とナットの向きとの兼ね合いで、作業が出来ないのです。
益々、やり難い体勢での作業になり、その時です! 
激しい火花のほんの一筋が、よもや小さな覗き穴をすり抜け五十畑の目を直撃したのです!
「火花ごっつぁんです!!」顔を押さえうずくまる五十畑!
怪我をしたのか? 目は平気だったのだろうか? と心配になり声をかけるオイラ。
五十畑は耳まで真っ赤になり、うずくまったまま時間が過ぎます。
暫くして顔を上げた五十畑は、削った金属片が目尻に当たったようで赤くなっています。
取り敢えずは、大事無い様子にホッとし作業再開です。
程なくして総てのナットの切断が完了し、次いでガゼットのナットを左右に分かれて各々で外しに掛かります。
ガゼットのナットも錆ついて回らない部分が有りすんなりとは行きません。
ここは力任せに体重を浴びせ、強引に回していくのですが中に1本どうしても回らないのが出てきました。
それは右側のガゼットなのですが、錆に加えて純正カラーの塗料も隙間に回った状態で固着してしまっているようです。
ネジ溝も厚塗りされた純正色で埋まっているのかも知れません。
二人で交互に変りながらアレコレ試すのですが回りません。
五十畑が、皮手袋でグリップ力を高め深呼吸をして一気に体重をかけます。
顔は耳まで真っ赤になり、逆にラチェットが壊れるのではないかと思う勢いで身を浴びせた、その時です!
いやはや本日2度目のアクシデントが五十畑を襲います。
「ゴッ!」と云う鈍い音と共にナットが回ったのですが、その勢いのまま五十畑は回転方向にバランスを失って倒れこみ、あろう事かキャビンに顔を激突させてしまったのです。
調度それは、ピラー部にディーゼルを示す「D」という鋳物のエンブレムが有り、調度そのエンブレムに激突、まさしく「Dごっつぁんです!!」再び顔を押さえうずくまる五十畑。
「今、火花でたよ! さっきの火花が飛んで来た次は、自分で火花出しちゃうとはなー。」と、まさに火花散らす男、五十畑!といった感じですな。
その上げた額には、あろう事か!Dの頭文字に赤く跡が残っており、その衝撃の大きさを物語ると共に、その光景に不謹慎にも、笑いを堪えるオイラでありました。 (汗)
今回はまるで「Vへの道~五十畑受難篇」といった感じですが、彼の活躍のお陰で作業も着実に進んでいき、いよいよ日曜日の日も傾きだし残る作業時間も僅かとなっていったのです。

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2006.03.15

第2章 9話 「Vのバラシ方教えます!?」

家に帰ってみると、見慣れた2枚アオリがバラし終え荷台に載っている状態で五十畑の手際良い作業ぶりが、種類毎に並べてある部材を見れば伺えます。
一部の二枚アオリの板は腐食が進んでおり、交換を余技なくされる事が判明したのですが、この辺りの木は特別特殊な物でもないので、ホームセンター等でも、サイズが合えば付け替えられるの部分なので大きな問題ではありません。
翌日は天候にも恵まれ、朝から五十畑と二人でバラシ作業に入ります。
今日のメインとなるのは、キャビン内部のバラシです。
シート類を総て外し、鉄板の部分は再塗装を施します。
ビニール製の型押しされたシートの窪みにも、長年の砂や埃といった類が詰っており、それらを丁寧に布巾で拭いていき、艶出し剤を塗りこみました。
外したパーツのクリーニング作業をオイラが進め、五十畑が黙々とパーツを外していきます。
そんな中で、ラジオがどうしても外れない。
正確には、ラジオを止めている物の位置と数がハッキリしないのです。
説明書みたいなマニュアルがある訳ではないので、総ては手探りと勘です。
Vキャンターはダッシュボード下が空洞となっていて、そこから覗くとスチール製のダッシュボードの中が覗ける造りなので、そこから覗いて作業をするのですが、作業する側は、シートに寝そべり頭をフロアに逆さに落として作業をしなければ成らず、灯りを照らして見てもハッキリしなかったのです。
五十畑曰く、確認出来たナット類は総て外しているというのですが、何かに引っ掛かっているのか?
まだ確認出来ていないナットがあるやら? 選手交代でオイラが覗いて探ってみましたが、確かに一通り確認の出来る部分は外れているようです。
二人で擦った揉んだの末に、手探りで見えない部分を探って行くと遂に一本のナットが止まっているのが見つかりました。
しかし、お約束のように手がやっと入る位で、工具が入らない。
あの手この手で試してやっと外れたのは、結構な時間が過ぎた頃でした。
この車をバラしていて感じたのは、本当に今と違い、社会全体が大らかだった時代というのを感じます。
左右均等なんて存在してないし、ナットの穴位置すら違うのです。
言うなれば、ハンドメイドといった匂いが、そこはかとなく感じられる車といえば伝わるでしょうか。
ラジオも外しメーターパネルも外し終えたら、スッカリがらんどうになった車内です。050228_08070001

ダッシュボードの下が空洞な為、パネル類を外してみると内部は砂や埃の巣窟となっており、車内の清掃をしていきます。
この手の車、特有の砂や埃っぽい臭いの原因になっているのは、こういった蓄積された汚れが原因でしょう。
一通り綺麗になった所で、板金屋に近い実家の方に移動します。
何故かと言えば、道路を通行する際に必要な灯火類も外して行く為です。
板金屋までは、田園地帯の一本道を走って2分程度なので、容赦なく外します。
まずは、キャビン周りのエンブレムを慎重に糸を使って外していきます。
その後、フロントパネルに付いているエンブレムも外すのですが、これが実に厄介です。
車内側からナットで止まっているのですが、そのナットの場所はヒーターコアの裏です。
つまり、車内のヒーターコアをずらさないと、ナットまで手が入らない状態です。
かと言ってヒーターコアなんて、そんな簡単に外してしまえる物でもないので、ボルトを外してギリギリまでずらして、内側と外側とで二人係りでなんとか外しました。
もうこの頃には日も落ち暗くなってきたので、屋内スペースに車を移して水銀灯の元で作業を続けますが、如何せん暗くて良く見えず、その日は19時過ぎを持って終了となりました。
二人で帰りにラーメン屋にいき作戦会議です。
キャビン周りは、大体の目処がついてきたので、来週は問題の荷台の撤去です。
ラーメンをすすりながら、互いにプランを話ししていたのですが、大事な事を忘れていました。
五十畑が気づいたのですが、荷台を全部バラしてしまうと、外した部品を積んで板金屋に行けないという基本中の基本を見落としていました。 笑
そうすると取り敢えずは、プロテクを引き抜き背のボリボリなベニヤ板を剥してアオリだけは、残しておかないと板金屋でも置き場所を取り嫌がられてしまう事になります。
一旦持ち込んでから板金屋でアオリ等をばらすようにした方が、無難だろうという結論に達しました。
いずれにせよ、翌週に荷台をばらしたら、いよいよ塗装に入る訳です。
5月のイベントまでという時間を考えても2月中には板金屋に納めたいので、来週になんとかカタをつけるようにしないと厳しいかもしれません。
あくまでも、専門に毎日はやってくれないだろうし、商売に使うような急ぎの客って事でもないので、それらの板金の合間にやっていく事になると思うので時間的には余裕を持って納めたいのが本音です。
それとプランとしては、メッキ処理したいパーツが幾つかあるので、それをメッキ屋にだす事も視野に入れて同時にそちらの話しも進めていきます。
メッキと言えば当時Vキャンターでは、中山板金や八代観音が印象深い車両です。
総メッキ仕上げのドアが眩いばかりの輝きを放っていたのが印象的でしたね。
その後、80年代に入ってからの八代観音はFパネルまでもメッキ処理したメッキキャブと化した状態だったのが印象にあります。
そんなかつての名車を思い浮かべながら、自分の理想像とするプランを練っている時が至福のひと時ですね。
翌日に早々納車する段取りをつけに板金屋のおやっさんを尋ね、色の打ち合わせも始めます。
茶色の色見本とシャーシをどんな色にするかという部分で話しをしました。
おやっさんは、トラック用のシャーシレッドを塗る方向で考えているようですが、どうも話しの感じからだと思っている色と違う気がするのです。
シャーシレッドは2種有り、オレンジ系の朱色っぽい赤と、俗に言う赤の2種があるのですが、どうも朱色の方を言っているような感じがするのです。
「こんな消火器みたいな赤だろ?」といって差し出してきた消火器は、どう見ても赤というよりは朱色なんです。
周りを見渡すと、窓からコーラの販売機が目に入ったので、おやっさんに「アレ!あの販売機の赤!にして」と伝えると、「コーラの赤か!? そうか コーラか。 うんうん そうか」おやっさんはそういいながら紙に「消火器の赤じゃなく コーラの赤。」とメモしていたのが妙におかしかったです。
次の休みも五十畑との作業予定です、その1週間が待ち遠しい気持ちで一杯の月曜日の出来事でした。
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«第2章 8話「嗚呼、七色の攻防戦!! 」